マーダー・シーン
「うぅ……」
「はぁ……」
「う、ゲホ、ゴホ」
「ぬぅ……」
とある家の書斎。四人の男女が床の一点を見つめ、そして一様に顔を背けた。
そこにあるのは首に切り傷のある女性の死体。
つい先程まで和気あいあいと談笑していた知人の姿を前にしては
そんな反応をするのも無理はない。
そして、そんな彼らの様子を冷静に観察する者が一人。彼は口を開いた。
「……それでと。偶然、外を歩いていたあっしが悲鳴を聞きつけ
この家に入った時、いや、その前も確かにこの部屋は密室だったと」
「は、はい」
「それで、仏さんとあんた方四人は趣味関係で
最近知り合った仲で他に侵入者も無しと……。
あ、でもさっきの悲鳴、あれは窓が開いていたように思えるんですがね」
帽子を深く被った老齢の刑事の男が部屋を見渡す。
その動作の間も四人を視界から外すことはなかった。
「……ええ、でもリビングの窓です。そこに四人。他は閉まっていて
侵入者の可能性はないと言い切れるわ」
二人の女の内の一人。北原が腕を組み、そう言った。
「なるほどねぇ、んでも、トイレとかで席を外したりしてたんで
四人ずっと一緒にいたわけじゃないと……。
ああ、なるほどね。つまり、こういうことだ。
犯人はあんた方、四人の中にいる……と。おや、黙っちまいましたね。
まあ、信じたくないよね。さて、あっしが見るに、これはねぇ女の犯行だね」
「え、ど、どうしてですか!」
もう一人の女。沼田がオドオドしながら言う。眼鏡の下。
泳ぐ目は北原のほうへ。犯人は自分ではないから彼女が……といったところだ。
「いや、ははは『刑事の勘』ってやつだよ。彼女、美人さんだねぇ。
死んでもなお、嫉妬の匂いを纏ってやがるよ」
刑事の男が鼻をすすりそう言った。帽子の下から覗く鋭い眼光は二人の女に。
そしてそのことに北原は気づいていた。
「……なるほどね、それが刑事さんの能力なら信用できそうね。
容疑者はあたしとこの子ってわけね。
……じゃあ、今度は私の能力をお披露目するわ!」
「へぇ、そいつは楽しみだ」
「ふふふ、私の能力は『ここだけの話』この手で触れた女の子は
たとえ死体であろうとも何でも、恋愛遍歴までも喋ってくれるわ」
顔の前に掲げた北原の左手に纏うように桃色の光が灯る!
「な、よさないか! 個人情報漏洩だ! 死者に対する侮辱だぞ!」
「黙ってなさいよ、あんたもまだ容疑者なんだからね。ま、安心して。
誰が自分を殺したかを喋らせるだけ――きゃ! なに!?」
死体のそばでしゃがみ、北原が手を伸ばし触れようとした瞬間
小麦色の光が死体の身体から発せられ、手を弾かれた北原は尻もちをついた。
「ど、どうやら、プロテクトがかかっているようですね……」
「一体、誰の能力なの……? 殺人犯?」
「……次は私に任せてください。じゃあ男性陣、お二人! 自分の能力を明かしてください」
沼田が眼鏡を指でクイッと上げ、男二人にそう、言い放った。
「え、お、俺は『無差別殺傷』
範囲内にいる生き物を全員殺傷することができるんだ」
「私は手で触れたものを核爆弾に変えることができるが、それがどうだというんだ?」
「いや、どちらも物騒ね……てか、あなたじゃないの!?
彼女、首を切りつけられたみたいじゃない!」
「お、俺じゃねえよ! 本当だ! 大体、それくらい能力なくてもできるだろ!」
「でも凶器がないみたいじゃない! だからあなたが……。
大体ねえ、あなた、彼女に気があったんでしょ? すぐわかったわ。
でもどうせ振られたかなんかしてそれでヤケになって……」
「そ、そんなわけあるかよ! 結構いい感じだったし、そもそも告白はまだ……」
「はいはい、お二人とも、そこまでにしておいてください。
さて、じゃあ私の能力『嘘発見器』を使います。
これはその名の通り、嘘を見破る能力です」
「ふーん、なるほどね、犯人の本当の能力。
彼女にプロテクトをかけたのがどちらかを見破るってわけね。
でも、単純に彼女を殺したか殺してないか聞けばよかったんじゃない?」
「それが警戒、つまり強い気持ちで嘘をつかれると見破れないんですよ。
でも能力者は大抵、自分の能力を話したがりですからね。
そこから切り崩すというわけです。さて……発動!
さあ今、明かした能力。嘘はどちらが……え!
両方、真実!? ほ、本当に自分の能力を開示したみたいです!」
「え、じゃあ、一体誰が……」
「あー、いいですかい? お嬢さん方」
「え、あ、はい刑事さん……」
「あっしの勘がね、そっちの大柄の男が犯人だと言ってるんですがねぇ」
「え! ……いや、あなた、さっき外してたじゃない」
「へへへ、まあ百パーセントとはいかないもので……。
でもね、御覧なさいあの汗の量。舐めたら嘘の味がしそうだねぇ。
おー、おー、おー、またかいて。いやぁ、嫉妬の臭いがここまで香りそうだよ」
「そんな!」
「た、確かに」
「お前、マジなのか!?」
「ふ、ふふふ、はははははは! はっーはっはっはっは!」
「観念したとみていいんですかねぇ?」
「ふふふ、その逆だよ……はぁ!」
大柄の男が構えると同時に凄まじい青い光が全身から迸り、部屋の白い壁を青一色に染めた!
「うっ! すごいオーラ!」
「いや、エナジーだろ」
「気でしょ」
「私の能力『核弾頭』を行使する!」
「しょ、正気なの!?」
「当然だ! 元より、この能力を明かした時点でこうすることは決めていた!
茶番はもうお終いというわけだ!
彼女の、彼女の口から不潔な恋愛遍歴など語らせてたまるかぁ!」
「な、あなた、どうして……」
「私は実は彼女と付き合っていたのだ!
だが、彼女はある日、私との条約を破棄すると言ってきた!
しかも、実は処女ではなかったという告白もおまけしてな!
私にとって、彼女は自由の女神を象徴する存在!
だが、自由とは名ばかりにその実、不自由でなくてはならない!
実際の自由の女神が好き勝手歩いたらどうなる? 街が、アメリカの崩壊だ!
これ以上、自由にうろつき、男共に尻を振ってもらっては困るのだよ!」
「そ、そんな身勝手な理由で!」
「てめぇ、よくも彼女を! くらえ! 『無差別――」
「あんたもやめなさいよ! 無差別なんでしょ!
私がやるわ! くらいなさい! 『志願奴隷』」
と、制した北原が両手の指を合わせ、亀頭の形を作り、大柄の男に向ける!
だが……。
「無駄だぁ! 『不平等条約』
私に対する攻撃は一切無効! 触れることさえ許されないぞ下級市民がぁ!
ふはははっ! 洗脳系の能力だったんだろうが残念だったなぁ!」
「お前らいくつ能力あんだよ!」
「ふははははははっ! 両手でこの本棚と机を核爆弾に変える!
威力はこの家が吹き飛ぶ程度だがそれで十分、いやちょうどいい!」
「そ、それでも焼け跡から復元する能力者がいれば」
「ははははっ! 忘れたか! 彼女にプロテクトが掛かっていたことを!
『人の姿なき大地』私の三つ目の能力!
それを使えばCIAもFBIもお手上げだぁ!
ふはははは! 私は最強だ!」
「あんた、ただのアメリカかぶれでしょうがぁぁぁ!」
「黙れビッチ! ふははははははどうだ! この青い光はぁぁぁぁ!
まさに威光! 力に、神に平伏せ!
この家ごと! 消えてなくなれえぇぇぇぇい! はぁぁぁぁぁぁはううっ!」
「え」
「嘘」
「マジか……金的って……」
キュッと股間を抑えるもう一人の男。
刑事の男はピクピクと床で身じろぎする大柄の男を見下ろすと
ふぅと息を吐き、ガサゴソと手錠を取り出した。
「どうもすみませんね、ほい、現行犯逮捕っと。
おっと、やれやれ、罪状はど忘れしちまったからま、あとでね」
「いや、あなた、なんで、あ、まさか超レアの……」
「そう、あっしには能力なんてものないの。あるのは勘だけさ。
だから能力バトルも関係ないの。
……まあ、レアと言っても別に大したもんじゃあなくてね。
ははは、カミさんに無能なんて言われて
尻に敷かれている、ただのしがない刑事でさぁ……」