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声をあげて。

作者: diceK



「最近成績が伸びなくて・・・」




後輩女子の優子(ゆうこ)から唐突に受けた相談。


力になれればと言葉を探しても、普段からキレイ事に嫌味を唱えていた弱い僕から言える事は、ほとんど無かった。




「男遊びでもしてるのかな?」




口元を覆う壁はお互いの表情をぼかす。


それを通して歩み寄ろうとしてかけた声は、かえって優子を居場所から遠ざけ、僕との間にしっかりとした壁を作らせてしまったに違いないだろう。


朝起きれば身支度と無理やり摂る朝食。

パンかご飯かと聞かれたら「食べる派」と返す寄り道が多いタイプだ。


時計なんか見る間もなく、疲れが取れているはずもない身体を社会へと放り出す毎日。


いつも駅へ向かう足取りは重いのに、いつも乗る電車は平常運転。


毎日無意識に開くスマホのニュースにひっそりとたたずむ星座占いの欄を、ふと脳裏に浮かべた。


それは自分の星座かも定かでないラッキーパーソンの「自分の目線より低い人」の文字だった。


脳裏に浮かぶそのフレーズは想像を膨らませて、弱い自分をそれに当てはめてみる。




ただ、僕はいつも「自分の目線が低い人(下を向いて歩く人)」だった。




何があるわけでもなく、いつものように目線を下げると、いつも着ているスーツを間違えている事に気づく。


優子に投げてしまった言葉に淡い後悔の念が貼り付き、普段やりもしないのに前もって用意した靴下もネクタイも、そのまま置いてあるだけの状態。


普段しない事はするもんじゃないなと、目線を戻しかけた。


すると、僕を見つめる小さな少女と目が合った。




「おじちゃん、おはようございまつ」




線路の繋ぎ目を叩く乾いた車輪の音だけが広がる狭い空間を、少女の声が僕を貫きながら切り裂いた。


口元を覆う壁は僕の表情をぼかす。


それを通して笑顔を届けようとも、何も伝わらずに頷いて紛らわすしかなかった。




「きのうね、こえあげたんだよ!ともだちに」




手を繋いだ母親が、口元の前で人差し指を立てて言った。

「静かにしなさい。あと、声あげたなんて言わないの」と。


少女は精一杯はんろん(反論)する。




「でもね、でもね、ともだちね、くれたよ!あげたられ、こえくれた!」




弱き者も強き者も生きている弱食強食の世界で、清々しく打ちのめされた。


口元に壁を建てて、内面にも出来上がった壁。言葉の森を避けるように迷って歩く日々に、一本の華奢(きゃしゃ)な道が伸びた瞬間だった。


少女の目線に合わせてしゃがむと、その華奢な道をゆけと人々の期待が僕の背中を優しく押してくれる。




そして「おはよう」と声をあげた。




その道の先で待つ少女がくれた笑顔は、周りの人々に感染していった。


いくらマスクをしていようとも、笑顔の感染は止めようもない。


その笑顔は、僕の荒れ果てた地に潤いを与え、内側の壁に亀裂を入れてくれた。


強さは弱きを守る為ではなく、攻撃する為にあるのだと思う。


弱き者の気持ちに寄り添えるのは、弱さなのかもしれない。


あとはこの壁を自分自身の手で壊すだけ。




「優子とちゃんと向き合おう・・・」




電車から降りれば、街の全てが綺麗な朝焼け色に染まっていた事に気がついた。


鈍感にも過ごした日々をなぞると、普段からどれだけ下を向いていたかを痛感する。




あの居場所に行けば、いつものように鉢合わせする事となるだろう。




渡邉(わたなべ)先輩と・・・。


あんな相談を唐突にするものではないと分かっていたのに。


キレイ事を言って欲しかった訳でもない。


次に渡邉先輩の顔を見た時、なんて声をかければいいのか分からなくなっていた。


下の名前が修宏(のぶひろ)だなんて聞いたのはついこの間の事なのだから。


「男遊びしてる」なんて思われて少し怖かった。

私の中に降る雨にただ傘を差し出してくれるだけで良かった。


朝起きれば身支度もせず、ぼぉーっとテレビを見つめる。たまにはニュースでも見ようと、チャンネルを回せば占いとかやってるし。




自分のラッキーパーソンは「青いネクタイの人」だそうだ。




コーヒーを入れても飲まない日だってある。

靴を間違える日だってある。


それでもウチのしふぉん(わんちゃん)は、朝私の顔を見るなりしっぽを振って寄って来てくれる。


まるで「おはよう」と言ってくれているかのように。


一日中光を照らす太陽は、私と違って決まって早起きである。


桜の花も変わらず同じ色。


バスを待つ間、私の後ろに並んだ少年と目が合った。

何も言わずに差し出されたのは、四つ葉のクローバーだった。


可愛くて笑ってしまったが嬉しかった。




「ありがとう」




受け取った四つ葉のクローバーを胸ポケットに入れたけど、ICカードも同じポケット。


バスが到着して扉が開いた時、いつもの調子でタッチしたICカードにつられて、四つ葉のクローバーがCR(カードリーダー)機の上に不時着してしまった。


慌てて拾って席に着き、両手に包まれたクローバーを見つめると、たまらずSNSにあげたくなった。




「あれ、クローバーって、スペルなんだっけ」




CR機から拾いあげたクローバー。

スペルは「CLOVER」。


ある事に気が付いて胸が高鳴った。




CRを抜いたら「C【LOVE】 R」だった。




私の中に降る雨は、誰かの傘に入っていれば止むと思っていた。


でもこのCLOVERは、傘になんか入らず雨や光で育って私に愛を与えてくれた。


バスから降りれば、今どきのトレンドスーツがしっくり着こなせている事に自信がついた。


時間に余裕の持てない生活を思い返せば、普段からどれだけ目が浮ついていたのかを痛感する。


キレイ事でもいい。力になれなくても寄り添えばいい。相談してもいい。




「男遊びか・・・」




歩み寄ろうとした時、自然と溢れる声は、お互いの存在を認める言葉となり、幸せを分け合える。




そしてふたりの居場所・・・。




「おはよう!」

「おはようございます!」




背の高い渡邉先輩を見上げると、いつもとは違う青いネクタイだった。


私は四つ葉のCLOVERを渡邉先輩の胸ポケットに入れた。




「今日の私の相談は難題ですよ!修宏先輩♪」




僕は壁のない(マスクを外した)笑顔で返す。




「いいよ!優子ならなんでも相談に乗るよ」




あなたは、君は、同じ価値の声をくれた(あげた)━━━。



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