ゴールデン・アイ
昨日の余韻が残った気だるさの中で、俺は目を覚ました。
さっきまでベッドで俺にしがみついていた女は、その素肌を隠すこともなく着替えを始める。
これから『シゴト』に行くんだろう。
俺の為にご苦労なこった。
「月光、今日もあたしの事待っててね。どこにも行っちゃダメよ」
んー!と俺の首を引き寄せてキスをすると、女は慌ただしく部屋から出て行った。
俺がいなけりゃ半狂乱になって、それこそ街中をでも漁って探しだそうとする依存心の強い女だが、それなりに可愛げはある。
まあ、こっちも女に束縛されて大人しくしてられる従順な男じゃねえ。
女が出て行った後、欠伸をしながらキッチンに向かう。
女が用意しておいた簡単な食事を済ませ、俺は久々に外をぶらつく事にした。
久し振りに見たシマは一見何も変わっていないように見受けられた。
俺達のシマには俺達のルールがあり、侵入してくるヤツは徹底的に叩かなければこの世界で生き残る事はできない。
抗争の中でヘマをして傷を負っちまった俺は、俺達を一斉検挙して纏めて送管しようと狙ってた組織に捕らえられ、しばらくシマを離れる羽目になっちまった。
馴染みのこのシマに戻ってきたのはひと月振りだ。
「あ、兄貴!兄貴ですよね!?」
突然、テンションの高い声で呼びかけられて、俺は目を細めて振り返った。
そこには感極まった表情で、降臨した神の如く俺を見上げている虎鉄がいた。
ナリはしょぼいが、天然の茶髪の癖毛の坊ちゃん面だ。
それなりに色男なのに、何の因果かこんな所で俺みたいなチンピラ風情とつるんでるんだから、人生は分からねえ。
虎鉄は俺をガキの頃から慕ってて、嬉しさ全開なのは見てわかるが、飛びついては来ない。
ジリジリと間合いを取る様に近づいてくるのは俺への畏怖故だ。
「兄貴、御勤めご苦労さんです!」
「おう、久し振りだな、虎鉄。迷惑かけて悪かった。変わりねえか?」
「はいっ!いや、変わりはありました。姐さんが……!」
「由希がどうかしたのか?」
「奴らに拉致されました!鉄拳会の奴らです!」
「なんだと……!?」
その名を聞いて、俺は気色ばんだ。
鉄拳会はその名の通り、拳に定評のある強い奴ばかり集めたこの辺じゃ最強の組織だ。
トップの俺がいない間に好き放題やりやがって……!
怒りで全身の毛が逆立つ。
「ばかやろう!それ放置してんじゃねえだろうな?そんな事許しちまったら奴ら調子に乗ってどんどん幅広げてくるぜ。早いとこ由希を奪還して、侵入してきた奴らは見せしめにやっちまわねえと」
「でも、兄貴がいなくって俺達だけじゃどうしようもなくて……すんません!!」
虎鉄は己のふがいなさに涙した。
だが、無理もねえ。
相手は体のでかい猛者ばっかり集めた武闘派集団だ。
「泣くな、虎鉄。俺が帰って来たからにはもう大丈夫だ。今夜特攻かけて由希を連れ戻すぜ」
「分かりました!仲間に今から召集掛けます!」
虎鉄は嬉しそうに目を細めると、踵を返して飛び出して行った。
◇◇◇
凍り付くような夜空には満月がぽっかり浮かんでいる。
春めいてきたとはいえ、外はまだ冷え込みが厳しい。
そこに召集されてきたメンツを見て、俺は愕然とした。
隻眼の士郎、稲妻の三鬼、阿修羅の零於、いづれも俺と苦楽を共にしてきた仲間達だったが全員正に満身創痍、覇気のない顔で項垂れている。
「おい、どうしちまったんだよ!?自分のシマ守る為に戦わなきゃ、未来はねえぞ!?」
「……このシマはもう駄目だよ、兄貴」
阿修羅の零於がらしくない事を吐きやがった。
「あいつら強すぎるんだよ。もう太刀打ちできねえ。俺達とは食ってるものが違うから腕力がハンパねえんだよ。俺も一発食らっただけでこの有様だ」
引き裂かれた口元はまだ生々しく黒ずんだ血がこびりついている。
「それに俺達を一斉検挙しようと狙ってるあいつらももう容赦がねえ。強制送管されてから戻る場所がなくなって、泣く泣くここを離れた奴も多いんだぜ」
「………」
その組織に昨日までパクられてた俺は返す言葉がない。
俺に惚れ切ってるあの女がいなけりゃ、俺も今頃野垂れ死にしてたかもしれねえ。
「なあ、負けんのは分かってんだろ?いっそ、あいつらの配下に入った方がいいんじゃねえのか?」
気弱な事をぬかしやがる士郎を、俺は睨み付ける。
『ゴールデン・アイ』と異名を取る俺の目力に圧倒されて、ヤツは首を竦めた。
「お前らの言い分は分かった。だがな、俺は一人でも戦うぜ。奴らに一発かませて由希を取り返さなきゃ気が済まねえ。俺達のシマを荒らした落とし前はきっちりつけてもらわねえとな」
その時、背後から「あ、兄貴……」と弱弱しい声がした。
一斉に振り向いた俺達は一斉に後退った。
そこにはボロボロになるまでやられた変わり果てた姿の虎鉄、そして彼の首根っこを掴んでニヤニヤしている大柄な男達が並んでいた。
「よう、威勢のいいこったな、送管帰りのトップってのはお前か?」
「……まあな。俺がいねえ間に好き勝手やってくれたみたいだが、由希はどこだ?」
俺はゆらりと立ち上がった。
怒りで総毛だった体は血を求めて滾るように熱い。
男達の後ろから体を拘束された由希が突き飛ばされるように現れ、地面に転がった。
前に出て来た一際でかい男が、野卑な笑みを浮かべて言った。
「大分楽しませてもらったが、こいつを今夜の余興にしようじゃねえか。俺に勝ったらこの女は返してやるよ」
「よくも……てめえ!ぶっ殺してやる!」
俺は完全に我を忘れて先制攻撃をかける。
俺の倍くらいあるこの男を倒すには俊敏さでかく乱するしかない。
風を切るようなパンチが飛んでくるのを素早くかわし、体の下からアッパーを食らわせる。
油断していた巨体は顎に打撃を受けて、仰向けにひっくり返った。
「やろう!」
「やりやがったな!」
手下の男達が一斉にかかって来た。
最初の男のパンチを俺は軽くいなして、左ストレートを決める。
体は大きくてパワーはあるが、所詮飼いならされた犬みたいな連中だ。
ガキの頃から外の世界で戦ってきた俺の敵じゃねえ。
「兄貴!加勢するぜ!」
俺の戦う姿を見て感銘を受けたのか、稲妻の三鬼が飛び込んで来た。
小柄な三鬼にタックルを仕掛けて来た男の面にハイキックをお見舞いして、その背中に飛び乗った。
それを見た残りの二人も乱入して、その場は修羅場と化した。
「くそが!このままで済むと思うなよ!?後悔させてやるから覚えてやがれ!」
文字通りの負け犬の遠吠えをほざいて、俺達に返り討ちに遭った男達は我先にと逃げ出して行った。
「…チッ、口ほどにもねえ。大丈夫か、由希?」
地面にまだ倒れている由希を俺は抱き起した。
春の野原みたいなライトグリーンの瞳を潤ませ、由希は俺の首にしがみつく。
「信じてた。あなたはきっと戻って来るって。愛してるわ、あたしの黒介」
「……俺もだぜ。でも、その名前はもう呼ぶな。今の俺は月光だ」
「また女が変わったのね。悪い男……」
縋って来る由希の口元をぺろりとひと舐めして、俺達のシマを照らす月を仰いだ……
◇◇◇
「ねえねえ、ライトがまたイビキかいて寝てるよ」
「本当だ。舌ペロペロしてる。何の夢みてるんだか」
縁側の陽だまりに干した座布団の上で、大きな黒猫がヘソ天で眠っている。
ピクピク動く長い髭を摘まんで、女は微笑んだ。
「お外で暮らしてた時の夢見てるんじゃない? 譲渡会でライトを貰った時、餌やり場のボスだったって猫ボランティアの人が言ってたもん」
「家猫になっても、まだ縄張りで戦ってるのかもね」
髭を引っ張られて起こされた黒猫は金色の目を大きく見開いて、ぶるっと体を震わせた。
Fin.
~ハッピーキャット譲渡会のお知らせ~
コテツ :長毛種・推定年齢3歳・協調性があり多頭飼いOK!
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会場にはまだまだかわいい子がいっぱい待ってます!