第9話 守ってもらうほど弱くはないんだけどね
槍を構えた兵士が四人、雄叫びを上げて突進する。
そして草原から飛び出してくるゴブリンを一匹また一匹と葬っていく。
「圧倒的じゃないか。我が軍は」
「それは誰の真似なの? じょーむ」
「お気になさらず」
冗談が飛び出すのは、じっさいに圧倒的だからだ。
ゴブリンどもは戦意は高いものの、それを効率的に相手にぶつけることができない。
対して兵士四人はしっかり連携が取れており、互いに声を掛け合うことで隙が生まれないようにしている。
「軍隊とチンピラが戦っているようなもんです。勝負になるはずがありやせんね」
佐伯が告げる。
ごく自然な動作で茜と田島を守れるポジションに入ってた。
なにしろ中年男の方は切った張ったはからっきしだし、茜もたいして強いわけではない。
そして戦闘力以前の問題として、職制のうえからも絶対にガードは必要なのだ。
「社員たちは怯えていないかい? 部長」
「むしろ大興奮ですね。アトムのアニキ。アキラが落ち着かせてやすが、ほっといたら剣先やスレッジハンマーを振り回して突撃しそうですね」
質問に苦笑が返ってくる。
モンスターの襲撃に怯えるどころか、戦いたがっているらしい。
元ヤクザだから、という以上に血の気が多すぎる。
「ゲームかなんかだと思ってなけりゃ良いけど」
「あとで、一度引き締めておきやす。アニキ」
遊びではないのだ。
モンスターの命を守れ、なんて頭おかしいことをいうつもりはないが、戦えば怪我くらいする。
そしてここは日本ではないから、同じ水準の治療が受けられるわけがない。
ちょっとした怪我だって、命取りになってしまうかもしれないのである。
「ただまあ、マーリカさんの部下にばっかり戦わせるのも、と考えているふしもありやす」
頭を掻く佐伯。
ちょっとだけ言い訳がましく。
十代も前から、強きを挫き弱きを助けてきたあしょろ組だ。
中国系マフィアの進出から町を守り、特殊詐欺や薬物の密売をしようとする半グレどもを叩きのめし、ときには市民同士のトラブルを仲裁し。
そんな昔気質のヤクザたちだから、誰かに危険を肩代わりしてもらうってことが恥ずかしいのである。
危険を冒すなら自分たちが率先して、という連中だから。
「気持ちは判るけどね。それはマーリカさんの顔を潰すことになるから」
まあまあと田島がたしなめた。
兵士たちには兵士たちの職分がある。あしょろ組土木がそれを侵せば、兵士たちを信用していないということになってしまうのだ。
それはまさに、茜とマーリカ両方の顔に泥を塗る行為である。
そして、そんな雑談をしているうちに戦闘は終了した。
ゴブリンは二十匹ほどもいたらしいが、ものの五分もしないうちに全滅である。
兵士たちが無双の勇者だったのか、ゴブリンが弱すぎるのか。
ともあれ、危機らしい局面もなかった。
あっさり終わった戦闘の後は、あしょろ組土木の連中も死体を遠くに捨てるのを手伝う。
埋めたりしなくても、夜になれば肉食獣が食い漁ってきれいにしてくれるのだそうだ。
「死体を放置ってのもすごい話だけどね」
「日本じゃ車にひかれた犬や猫の死体でも回収しやすからね」
肩をすくめる茜に佐伯も同様のポーズをした。
作業再開である。
ここは時間という概念は日本よりずっと曖昧な世界で、だいたい二時間くらいで一刻、みたいな感じだが、日の長さを基準にしているから季節によって変わる。
さすがにそれでは不便すぎるため、茜たちは午前八時に作業を開始して、十時に三十分間の休憩、十二時から一時間の休憩、十五時から三十分間の休憩、そして十七時に作業終了というスケジュールを組んでいる。
日本にいるときと同様に。
ただ、基準になっているのが茜の腕時計なので、日本時間とどのくらいズレがあるのかはわからない。
全員が茜の時計に自分のものを合わせ、あしょろ組標準時間としたのだ。
日本とのズレはこの際無視して、標準を作ってしまおうと田島が提案したのである。
もちろん茜の腕時計だって少しずつ少しずつずれていくが、そのズレまで含めて標準だ。
で、この基準が大変に便利だったため、マーリカたちも取り入れることとなる。
具体的には、進呈された時計を基準にして鐘を鳴らす。
朝八時、昼十二時、夕方十七時、そして夜二十時。
サリーズの人々は、その鐘の音で時刻を知ることとなった。
「時間に囚われないスローライフな世界に時計を持ち込んでしまったぁ」
とは茜の嘆きであるが。
「それぞれ勝手な体感で動いていたら、効率もへったくれもありませんからね。仕方のないことです」
「そしてじょーむは、この世界の人々を時という概念で縛った魔王として名を残すのであった」
「すごい悪名じゃないですかやだー」
茜の冗談に応えて身をくねらせる四十八歳であった。
そうこうしているうちに昼の鐘が鳴り、サリーズの町から弁当が届く。
町の食堂が用意してくれたものだ。
干し肉とパン。それからワインだ。
昼間っから飲むのである。ここの人たちは。
ただ、そこまで美味しいものでもないため、社員たちの評判はいまひとつである。
茜たちがこの世界を訪れてそろそろ一ヶ月になるが、この食事だけはなかなか慣れない。
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