最終話 歩む道が違うので
モンスター軍団は、すでに百近くを失っている。
対するマリーリカの騎士団の損害は二十程度だ。
損耗の絶対数においては勝っているが、もともとモンスターどもの方が数が多い。
三百対百五十で幕を開けた戦闘が、二百対百三十になったということである。
まだ敵の方が七十も多いのだ。
そしてどちらも決定打を出せないこの状況では、最終的に数の多い方が勝つだろう。
「俺さえ生き残れば、モンスターは全滅したってかまわねえしな」
「大将の言葉とは思えねえぜ。小童」
「いいんだよ。いくらでも呼び寄せられるんだから」
「そうかい」
ザインの攻撃から慢心が消え、佐伯だけに意識を集中するようになってきた。
少しばかり厳しい。
パワーでもスピードでもザインの方がはるかに上なのだ。
佐伯は経験で補って戦ってきたが、冷静になられるとやはり不利は否めないのである。
「よくよく見れば、おっさんの攻撃は避けられないほどの速度じゃねえよな」
「そういうわりには、何回も喰らっていたがね」
「ここからは違うって」
高速の踏み込み。
大きく跳んで避ける佐伯。
にやりとザインが笑った。
「さっきみたいに紙一重で避けないのかよ。おっさん」
「…………」
ち、と佐伯が舌打ちする。
カウンターを狙える速度ではなかった。
むしろ踏み込んだらこちらがバッサリやられるだろう。
しかも佐伯の攻撃では、たいしたダメージを与えられないのだ。
ジリ貧だな、と、内心で呟く。
普通に考えれば逃げを打ちたいところだ。しかし、こんなバケモノに好きなように暴れられたら、味方そのものが崩壊してしまう。
ここで足止めし続けるのが最善手だが、残念ながら味方も有利な状況ではない。
「これねえよなぁ、おっさんの攻撃じゃ俺は倒せねえ。相打ちにもならねえもんなぁ」
ぎゃはははは、と、笑う。
小憎らしいことに、ばか笑いしていても隙がない。
「普通の人間じゃ魔人は殺せねえんだよ。俺を殺したきゃ聖じ……」
「ホーリーサンダー!!」
ザインのセリフの途中に突如として少女の声が割り込み、天空から降り注いだ雷がザインをひと打ちする。
何が起こったのか判らない、という顔のまま魔人は消し炭のように崩れていた。
「ええと……」
そしてその顔はザインの専有物ではなく、佐伯もまったく同じ表情である。
「おじちゃん! 大丈夫!? 怪我してない!?」
駆けてくる少女。
年の頃なら十二、三だろうか。
佐伯は苦笑して右手を挙げてみせた。
戦いのさなかに敵からおっさん呼ばわりされても気にならないのに、年端もいかない少女からのおじちゃん呼びはちょっと堪える。
アトムの旦那の忍耐力には頭が下がるな、と、埒もないことを考えたりして。
少女の背後から駆けてくる屈強な男たちが、次々に戦場に躍り込む。
強い。
いや、強いなんて表現では追いつかない。
オーガーやウェアタイガーを子供扱いだ。ほとんど一合すら打ち合えず、凶猛なモンスターが葬られていく。
「えー なにそれー と、言いたくなってしまうな。シン」
馬を寄せたマーリカが肩をすくめた。
返り血で真っ赤に染まった身体で。
この日彼女は二度馬を変え、槍を四本も使い潰した。
それほど苦闘したのは、もちろん敵が強かったわけだ。オーガーを中心に三百匹の上位モンスターだもの。
それが当然の状況だ。
にもかかわらず、コロナド方面から現れた謎の軍団はとくに苦戦することもなくモンスターどもを屠っていくのである。
「まったくですね。さっきまで俺たちが苦戦していたのは何だったのかといいたくなりやす」
「まあ、あの人たちは頭おかしいので、比較なんかしても疲れるだけですよ」
ゆったりと近づいてきた育ちの良さそうな女性が微笑した。
この後の戦闘は月影騎士団が引き受ける、と。
「コロナドを守るというオルライト王国の最精鋭か。これほどの強さとはな……」
噂くらいは聞いたことがあるマーリカがごくりと喉を鳴らした。
「私は先代の聖女でユイナールと申します。こちらは当代の聖女であらせられるメイファス様」
優雅な一礼。
佐伯が目を剥いた。
いきなり雷を落とした少女が聖女だという。
彼の人生において第一印象が正しかったという例は少ないが、これはちょっと極端すぎる気がする。
「魔王軍の残党を追撃しておりました。もしよろしければ、そちらの代表の方とお話がしたいのですが」
にっこりと笑うユイナールだった。
本来であればマーリカが応対すべき相手である。より正確にいえば一介の騎士ごときが拝謁できるような相手ではないのだが、この場での最上位者は彼女なのだから。
しかし、自分はあしょろ組土木の護衛に過ぎないからとマーリカは引き下がった。
「という名目で俺に押しつける気ですよね。判ります」
げっそりと呟く田島だった。
「まあまあ。交渉ごとはじょーむの得意技じゃん」
ぽむほむと腰を叩いてくれる茜は、もちろん丸投げするつもり満々である。
だって、先代と当代の聖女を二人相手にするなんて、考えただけでも気が滅入るというものだ。
「大丈夫ですよ。アトムさん。私も交渉ごとは全部押しつけられていますので」
「なにがどう大丈夫なのかさっぱり理解不能です。ユイナール様」
なんともいえない表情で握手を交わす。
こうして、コロナド側の窓口はユイナール、ルマイト側の窓口は田島ということになった。
「なったというか、なし崩されたというか」
ぼやきながららも、立ったまま慌ただしく情報が交換される。
全滅したモンスターどもの死体を片付ける作業が進行中のため、腰を落ち着ける場所がないのだ。
ともあれ、あしょろ組土木は質量ともに充実した情報をえることになった。
十二歳くらいに見えたメイファスはじつは十四歳である、というどうでもいい情報から、魔王をはじめとしたモンスターたちは異世界からやってくるという重大な情報まで。
「そして極めつけは、すでに魔王は倒されたってことですかね……」
半笑いの田島である。
自分たちが魔王を倒す勇者だなんて自惚れるつもりはまったくないが、すでに話が終わっているとなると拍子抜けした気分だ。
「でも、四天王のうち倒したのは一体だけ。あとはそれぞれに侵攻しているという話でしたので」
「俺たちがそのうち一体を倒したということですね」
「ええ。そしてあしょろ組さんには申し訳ないんですけど、転移のための次元門は壊してしまいました」
すまなそうに頭を下げる元聖女。
ぱたぱたと田島が手を振る。気にしないでほしいと。
門がある限り、モンスターは無限にこちらの世界に現れてしまう。破壊するのはむしろ当然で、不平を鳴らすような類のことではまったくない。
「それに、次元門は一つとは限らないでしょ」
横に立っていた茜が口を挟んだ。
他にもあるかもしれない。それだけでも、日本に帰還するための重大な手がかりだ。
帰る方法が判らない、という状況から、何十歩も進んだといって良いだろう。
「ユイナールさん。感謝するよ」
「私たちも感謝します。あなた方が足止めをしてくれたおかげで、四天王の一角を倒すことができました」
茜が差しだした右手を、ユイナールがしっかりと握り返した。
「それで、オヤカタさんたちはこの後どうするのですか?」
「仕事をしながら帰る方法を探すよ。もし良かったら、ユイナールさんたちにも私たちが作った街道を歩いて欲しいかな」
「それは、ぜひ」
笑いあう。
一瞬だけ交錯したが、ふたりの道はふたたび分かれる。
魔王軍の残党を倒し世界を平和へと導く英雄の道と、彼らが歩きやすいように場を整える職人の道へと。
称えられるのは前者である。
英雄たちの活躍が吟遊詩人によって歌われ、人々が喝采するのだ。
いまでこそルマイト王国の人々はあしょろ組土木に感謝してくれている。人気もある。
しかし、いずれ忘れられてゆくだろう。
便利になった道はなんとなく使われ、誰が敷設したのかなど考えるものはいなくなる。
しかし、それで良い。
人々の生活水準をほんの少し向上させた。
その事実こそが勲章だ。
軽く手を振り、ユイナールがコロナド陣営の方へと戻っていく。
しばらく見つめていた茜と田島は、小さく肩をすくめたあと仲間たちに向き直った。
一陣の風が吹く。
ざわざわと下草をなびかせながら。
吟遊詩人たちが歌うサーガ『聖女二人』は大変に人気の高い演目である。
なぜかコロナドに送られた二人の聖女が、魔王とその配下をばったばったとなぎ倒すという痛快な活劇だから。
あまりの痛快さにホラ話だと断じる人も多いほどだが、そもそも叙事詩とは信憑性を求めるようなものではない。
だから後年、聖女たちの軍勢の移動があまりにも速く、当時の街道の状態から考えても不可能だった、などという研究者の主張をまともに取り合う者はいなかった。
もし酒場などで語ったら、げらげら笑われるだろう。
「そりゃあおめえ、大地の守り神『あしょろ様』が手を貸してくださったんだろうよ」
と。
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