第26話 先達の騎士
パルコダテの街は、べつに緊張感に包まれてはいなかった。
これは仕方のないことで情報は即時伝達しないのである。
まして魔王復活などという荒唐無稽な噂だ。
「けど念のため、パルコダテに物資の集積と軍の駐留を進言しますよ。マーリカさん」
「アトムならそういうと思っていた。すでに手配済みだ」
「さすがです」
にやりと笑ったマーリカに、敬意をこめて田島が一礼した。
素人が口出しして申し訳ないと。
軍師と主君っぽいやりとりに茜がきょとーんとした。
なんだこの寸劇、と。
いつも田島としょうもない漫才を繰り広げているくせに。
「軍略というのは最悪を想定して動くんだ。アカネ」
もちろんマーリカは説明するつもりである。
こうなったら困る、という可能性から潰していくのが軍略というもの。こうなったらいいなぁって願望で作戦を立てるわけにはいかない。
この場合は、すでに魔王が復活していてコロナドは失陥寸前だ、という想定で準備をする。
「んんー? 最悪なら、もうコロナドは負けちゃったってことになるんじゃないの?」
「それだと何をどう準備しても間に合わないからな。準備する意味がないんだ」
茜の疑問にマーリカが笑った。
コロナドが抜かれたら、パルコダテまでは三日の距離である。
住民の避難誘導すら間に合わないだろう。
「だから、その可能性は捨てる。ダイスの目がそれだったときは諦めるしかないな」
現状で、最も悪いパターンというのは、もうコロナドが戦っていてすぐにでも援軍や補給が必要だった場合である。
パルコダテにはまだ蓄えがないから、送る物資も兵力もない。
田島が提案したのは、あしょろ組土木の作業と並行して王都方面から人と物を集めたらどうだろうというものだ。
それに対してマーリカは、とっくに手配していると答えたのである。
「プロっぽい会話だったんだ。格好いいね」
ほえほえと感心する茜だった。
どちらかという田島に。
なんで異世界の騎士と肩を並べて軍略を語り合えるのだろう。相変わらず頭おかしいオタク中年である。
「……また失礼なことを考えてますね? 社長」
「そんなことないよ」
「せめて俺の目を見て否定しましょうよ。なんで半笑いなんですか」
パルコダテの代官である騎士マルグリットは、田島と同年配の女騎士である。
ただ前者は独身なのに対して、後者は夫も子供も、さらに孫までいるが。
「メグどの。ご無沙汰しております」
「一別以来だ、マーリカ。息災そうでなにより」
抱擁を交わす女騎士二人。
きけば、マルグリットというのはマーリカの師匠のようなものらしい。
ルマイト王国における女騎士の草分け的な存在なのだそうだ。
病身の兄のために性別を隠して従軍し幾多の武勲をあげた。その献身と武勇に感じ入ったカルマーン王が女性の騎士叙勲を認め、それ以来、普通に女騎士が生まれるようになったし、女の文官も台頭してくるようになった。
「ようするに、すべてのルマイトの女たちにとって、尊敬すべき先達なのだ」
「そんなたいしたものではないがな」
照れたように笑い、紹介を受けた茜と田島を握手を交わす。
そしてなぜか田島の腹を押し「節制しろよ。早死にするぞ」と付け加えてくれた。
茜とマーリカがうむうむと頷く。
普段なら冗談を飛ばして逃げる田島も、同年代の女性から真剣な顔で注意されたら素直に頷くしかない。
「き、気をつけます」
と、しどろもどろだ。
「補給の件は了解した。私の方でも兵を整え、集積場を設けよう」
事情を説明されれば、マルグリットはすぐに頷いた。
打てば響くという表現そのままに。
この国で最初の女騎士は伊達ではない。
判断が速く、正確で、差し手にも迷いがない。
うちの社長も貫禄が出てきたらこうなるかな、と、田島は内心で評価した。
「我々は明日から工事に入ります」
「もうか? 数日はゆっくりすればいいのに」
茜の言葉にマルグリットが首をかしげる。
トパーズからパルコダテの街道が完成したばかりだ。
少しくらい休暇を挟んでもバチは当たらないだろう。
「戦争が始まっているなら、補給路の確保は急務でしょうからね」
応えたのは田島だった。
焦るつもりはないが、のんびりしている余裕もまたない。
一刻も早くコロナドに物資や援軍を届けることで、人類の勝算も高まるのだ。
「ゆっくり休むのは、その後で充分でしょう」
「腹周りだけでなく肝も太いな。アトム。戦って負けるとは考えていないわけか」
「けなしながら褒めるのはやめていただきたいんですがね……」
呵々大笑するマルグリット。
やれやれと田島が肩をすくめた。
その晩はマルグリットの屋敷に泊めてもらい歓待を受け、翌日である。
気力充分のあしょろ組土木が出発した。
街門に詰めかけた民衆の声援に送られて。
王都の騎士団などよりはるかに人気のある異世界土木隊なのである。
なにしろ彼らが通った後には便利な生活があるから。
誰が想像しただろう。
パルコダテからモタルまで、早馬なら一日でつけるようになるなど。
「さあみんな、作業開始だよ!」
『はい! 親方!!』
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