第25話 人と人を繋ぐのは道
大きな問題はなかった。
絡んできたチンピラどもが佐伯たちに叩きのめされたり、果敢にもアキラをナンパした優男がへそで投げる華麗なジャーマンスープレックスでスリーカウントを取られたりした程度である。
「あしょろ組にケンカを売る人間がいるのは、やっぱり異世界ですよね」
「日本だって、宝城市以外では知名度ゼロだと思うよ」
「そうでした。俺も狭い世界で生きていたもので」
「髪がある場所も、年々狭くなってきてるしねえ」
「大丈夫です。まだ大丈夫ですって。変なこと言わないでくださいよ」
茜の言葉に妙な焦りを見せる田島だった。
色々気になるお年頃なのである。
ともあれ工事は順調で、数日後にはパルコダテまでの街道が完成するだろう。
「私たちの作った道をたくさんの人が往来してるのは、感慨深いものがあるよね」
「道とは、すなわち繋がりですからね」
街と街を繋ぐのも道、人と人を繋ぐのも道だ。
どれほど文明が進んでも、家から一歩も出ないで生活できるようにはならない。
誰かと繋がらないで、誰の手も借りずに生きられるわけもない。
「ヒキコモリとかは?」
「食べ物を持ってきてくれるデリバリーは道を使っています。そのデリバリーに食材を卸す業者は道を使っています。食材を作っている人々も同様です」
道を使って繋がりは広がっていく。
家は集落になり集落は街になり街は国になる。
「俺たちの仕事も、ルマイトの人々の役に立っていますよ。きっと」
「それが最高に嬉しいよね」
現場に向かうとき、現場から宿に戻るとき、作りたての街道の左右に人が出て声援を送ってくれる。
こんな経験、日本ではしたことがなかった。
恥ずかしいやら照れくさいやら。
「アカネ。大ニュースだ」
その整備されたばかりの街道を、ぱからんぱからんと馬を走らせてマーリカがやってくる。
あしょろ組土木とマーリカの騎士団が拠点にしているのは、現在はトパーズの街だ。
人口は二千人ほどで、マーリカの所領であるサリーズとほぼ同規模である。
つまり酒場も飯屋も娼館もあるということだ。
「どうしたの? マーリカ」
ひらりと馬から飛び降りた女騎士に茜が訪ねる。
「王都からの最新情報でな。聖女がコロナドに向かったらしい」
「それって前にも聞いたような気がするんだけど?」
「それは先代の聖女だな。今回は今の聖女だ」
「聖女が二人ともコロナドへってことかぁ」
うーむと腕を組む茜。
政治にも軍事にも明るくない彼女だが、尋常ならざる事態が起きているのだということは容易に想像できる。
「しかも聖都イングヴェイでは騒動も起きているらしい」
間諜からの報告のため、それなりの時差はあるだろうがと付け加え、マーリカが説明をはじめた。
聖女が聖都を離れたことで、彼女を神のように崇めていた人々……とくに貧民層が不満を爆発させたらしい。
それに対して左大臣マーチスは軍隊を出動させ、武力で鎮圧した。
数百人規模の貧民が殺されたという。
「武器すら持ってない貧しい人々を虐殺したの?」
茜の眉がぴくんと跳ね上がった。
彼女の常識では、弱者というのは守るべきものだ。弾圧したり殺したりなど、それこそ鬼畜の所業なのである。
「マーチスのやり方に対して、聖都の平民たちは快哉を叫んだよ。非難したのは当の貧民たちくらいのものだ」
ふふ、とマーリカが笑う。
茜の義侠心を好もしく思っているような笑顔だ。
「なんで?」
聖都の民というのはそんなに無情なのかと首をかしげる。
不幸な人々が殺されてるのに、むしろよくやったと喜ぶなんて。
「いくつかの理由が考えられるな。報告された内容がベースだから必ずしも正解であるとは保証できないが」
そもそも論として、貧民というのはオルライトの民ではない。えらく語弊のある表現だが、税を納めていないし兵役も果たしていないからだ。
ただ聖都を根城にしているというだけで、じつは野良犬や野良猫と扱いは一緒なのである。
そんな国民ですらない者たちを、聖女メイファスは手厚く保護した。
「立派なことだと思うけどね」
「人としてはな。しかし現実問題として、使われるのは「国民」が納めた税金だ」
まして貧民を救うために増税まで決定したという。
笑みを浮かべて見過ごす、というラインを超えてしまった。
「不満が爆発する前に手を打ったマーチスというのは、噂に違わぬ辣腕家だな。情に流されるということが一切ない」
「有能なのかもしれないけど、好きになれそうもないタイプだよ」
アメリカンな仕種で茜が両手を広げるが、そもそも隣国の大臣である。接点があろうはずもない。
じっさい隣国の事情だ。
あっしには関わり合いのないことでござんす、と、言い切って良い話である。
「ここまではな」
「こっから先は違うってこと?」
「聖女がコロナドに向かった理由だ。魔王が復活したという噂だな」
「まじで?」
「噂だよ」
肩をすくめるマーリカ。
コロナドというのは人類の砦だ。そこに聖女が向かったのならば、考えられる理由というのは限られてくる。
最大のものは魔王復活だ。
「たしかに、ここからは私たちにも関係ある話になりそうだね」
にっと唇を歪める茜だった。
※著者からのお願いです
この作品を「面白かった」「気に入った」「続きが気になる」「もっと読みたい」と思った方は、
下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価していただいたり、
ブックマーク登録を、どうかお願いいたします。
あなた様の応援が著者の力になります!
なにとぞ! なにとぞ!!




