第24話 本質は変わらない
王都ミッシクルで一週間の休暇を過ごし、あしょろ組土木はモタルの街まで移動した。
ここから今度はコロナドに向けて街道を敷設する。
といっても、人が住んでいるのはサクリス、トパーズ、パルコダテの三都市のみ。そこから先には街も宿場もない。
道も、歩いているうちに踏み固めたというものですらなく、獣道に毛が生えたレベルだという。
「つまりパルコダテを拠点都市として考えるんだね。じょーむ」
「そうですね。この街からコロナドへ物資や援軍を送る、という形になるかと思います」
といっても、パルコダテからコロナドまでは三日もかかるとされている。
概算百五十キロだ。
もちろん今までと同じパターンで、まっすぐに道を敷いたら六割ほどだったということになる可能性は充分にある。
「まして、あんまり人も寄りつかない場所だろうし」
「ですなぁ。これまで以上にちゃんと計測してないと思います」
現状、作業のペースとしてはまったく悪くない。
一年はかかるだろうと予測していた大工事が、三ヶ月で行程の六割くらい完了しているのだから。
ただ、難しいのはここからなのである。
サクリスからトパーズへ、トパーズからパルコダテへと進むにつれて人心は乱れ、治安も悪くなっていく。
なにしろ魔の領域ちかくに住もうって連中だ。
開拓者精神に燃えているか、なんかやらかして故郷にいられなくなったか、そのどっちかだろう。
「明治、大正期の北海道みたいなもんですね」
えらく誤解を招くような発言をする田島だった。
とはいえ多少の誇張はあるものの、認識としてはそう間違っていない。
にっちもさっちもいかないような状況なんて、北海道人のDNAには組み込まれているから、ちょっとした逆境くらいなら平気な顔で乗り越える。
男も女もタフでバイタリティがあるのだ。
そもそも、誰かにすがって生きるという発想がない。
そのせいかどうか、離婚率の高さは全国一だったりする。
「つまり、王都までの歓迎ムードとは違うってことだよね。望むところさ」
にやっと笑う茜。
元ヤクザである。
逆境のDNAなら、北海道人に負けないくらいだ。
「無抵抗を貫く必要はまったくありませんが、やり過ぎは禁物ですよ。社長。殺すと面倒ですから」
「じょーむもこの世界に染まってきたねぇ」
日本とは違って命はものすごく軽い。
弱者救済の社会保証なんて、あってないようなものだ。
死にたくなければ強くなれって世界なのである。
見捨てられた人は簡単に野盗化するし、そういう連中から身を守るために一般人だって普通に武装する。
つまり、ケンカが始まったら簡単に刃傷沙汰になるということだ。
そんな世界で無抵抗を貫くのは、博愛というよりただのバカである。
「示威が、結局は身を守る盾になりますからね。面白くもなんともない結論ですが」
田島が肩をすくめた。
本質は日本と変わらないんですけどね、と。
彼らの故郷では個人が武力を振るうことを是としていない。その代わり警察がある。通報される逮捕されるというのが抑止力になるわけだ。
これが現代日本の示威である。
「警察じゃなくて、あしょろ組に駆け込んで保護を求めるってのもありましたけどね」
「昔はね。いまは街を守るヤクザなんて流行らないし」
懐かしむような顔の茜だった。
祖父の代などは、ご近所トラブルの調停すらしていたのである。
警察とは違って民事だろうとなんだろうとずかずかと入っていけるのがヤクザだ。
そしてあしょろ組の親分が「まあまあ、落ち着けよご両人」と割って入れば、どちらも一応は話を聴く。
あしょろの親分さんには昔から世話になってるから、と。
もちろんその裏にはヤクザ者に対する恐怖もあったろう。義理を欠いて怒らせたら何をされるか判らないから。
「この世界にきて、祖父さんたちのやり方もそんなに間違ってなかったんじゃないかって思うようになったけどね」
「イマドキでないというだけで、間違っているとは俺も思いませんよ」
古いことイコール悪いこと、ではない。
新しいやり方にだって間違っているものはたくさんある。
「たとえは学校の教育だって、今のやり方はどうなんだろうって首をかしげることもありますしね」
「昔を懐かしむようになるのは老人になった証拠らしいよ。じょーむ」
「失礼な。俺はまだ四十七です」
「こないだ誕生日だったんだから、四十九じゃん」
「異世界には誕生日なぞない! 歳を取らない世界線なんだ!」
どどーんと胸を張る、諦めの悪いおっさんであった。
プランに大きな変更はない。
モタルからパルコダテまで三都市を十二日ずつの時間を掛けて最短距離で結ぶ。
三十六日の工程だが、三日くらいは早く完了するだろう。
今までのペースから考えて。
「違うのは、私たちが護衛につくということだな」
マーリカが笑う。
国王カルマーンから勅命を受け、騎士マーリカが精兵三十名を率いてあしょろ組土木を護衛するのだ。
リリス子爵からの命令ではなく、勅命である。
箔がつくなんてものではない。
仕事が完遂したら、爵位の授与もありうるレベルだ。
これには、あしょろ組土木を歓待しルマイトの協力者とした功績に対する褒美という意味もある。
「マーリカが一緒だと心強いよ」
「久しぶりに一緒に仕事できるな」
しかし、がっちりと握手する茜とマーリカには、長上の思惑など関係のない友誼があった。
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