第23話 隣国の政変
新サリーズ・モタル街道の完成には一ヶ月を要した。
しかし、モタルからランバーの街までは二週間しかかからなかった。
ランバーからトリッテンまでは十日である。
手を抜いているわけではない。
むしろ慣れてきたことで仕上がりも良くなっているくらいだ。
スピードアップには、もちろんいくつか理由がある。
まず、あしょろ組土木の社員たちの体調が万全で気持ちよく作業できたということ。
やはり食べ物というのは大切で、米が普通に食べられるようになったのが大きい。そしてジーアポットを人々に紹介したことで生鮮食品の保存が可能になり、街で供される食事も格段に良くなった。
楽しみがあると、仕事だって気合いが入る。
そしてなにより人々の感謝の声だ。
異世界土木隊あしょろ組の活躍は行く先々で話題になり、酒場では吟遊詩人が彼らの功績を歌い、絵師たちは似姿を描いて売る。
子供たちはそれぞれに気に入った社員の真似をして、あしょろ組ごっこなどをするのだ。
男の子たちの一番人気は佐伯、女の子からはアカネとアキラが人気を二分している。
「俺の真似はだれもしないですけどね……」
「歳だからね」
「嘘だ。井筒さんや高橋さんは人気あるじゃないですか」
前者はユニックのドライバー、後者はロードローラーの操作を担当している。
どちらも田島とあまり年齢は変わらないが人気があって、高橋などは佐伯に迫るほどだ。
「あ、でもあたし、こないだ常務の真似してる子供をみたっすよ」
「本当かい? アキラくん」
「ええ。姐さんをたぶらかす悪人役だったっす。最後は退治されてました」
「だれが悪人だー」
うがーっと怒る田島。
わざとらしい悲鳴を上げてアキラが逃げていった。
こんなことをやって遊んでいるから悪役にされるのだということに、たぶん田島は死ぬまで気づかないだろう。
「平均十日から十一日くらいのペースで安定してきたね」
寸劇を笑いながら見ていた茜が口を開いた。
王都までの地図は、あと宿場を二つ繋いだら完成である。
約三ヶ月。
この世界にきてから数えたら四ヶ月だ。日本であればとうに季節が巡っているだろうが、ここてはあまり季節の移ろいは感じない。
極端に暑くも寒くもなく、おおむね過ごしやすい気温で経過している。
常春という言葉がそのままあてはまる。
「王都ミッシクルまでできあがったら、全員に何日か休暇をあげませんか?」
せっかくの王都だ。
この機会に羽を伸ばすのもいい。
たいへんに過ごしやすい気候のルマイト王国だが、残念ながら娯楽は少ないのだ。
テレビもラジオもインターネットもない。
印刷技術もあまり進んでいないから、せっかくだいぶ文字も憶えてきたのに、読書を楽しむこともできないのである。
となれば、やっぱり飲む打つ買う。
フケンゼンな遊びしかない。
茜からは、飲み過ぎて暴れたりしないようにと、娼婦といえども無責任に孕ませないようにと注意喚起があったくらいである。
「聖女が代替わりし、先代がコロナドに送られたそうだ」
王都までの工事が完了し、報告に出向いた田島に国王カルマーンが告げる。
謁見の間ではなく私室だ。
報告や調整などで幾度も王城を訪ねているうち、すっかりお気に入りになってしまったのである。
おそらくルマイト王国で唯一の田島推しが国王陛下だ。
本人が喜んでいるかどうかはまったく判らないが。
「聖女さまですか?」
首をかしげる。
魔法がある世界だから聖女くらいいてもおかしくはないとおもうが、実際に耳にしたのは初めてだ。
「四百年前の魔王降臨で絶滅寸前まで追い込まれた人類を救った尊いお方だな。もちろん今いるのはその方の末裔だが」
嬉々としてカルマーンが説明する。
会うたびにこの世界のことを教えてくれるのだ。
話が長い、つまらない、と若い人たちなら思うかもしれないが、情報は多い方が良いに決まっているし、知識階級としては国王というのは最上位だ。
田島はしっかりと拝聴している。
まあ、彼自身がこういうファンタジックな話が大好きだという側面もあるが。
「コロナドのような辺境に送られるというのは、なにか不始末でもあったのでしょうか」
「予は一、二度しかご尊顔を拝したことはないが、穏やかで控えめなお方であったと記憶している。だが」
「だが?」
「宮廷の貴婦人たちからは悪い噂も聞いたな。他人の欠点を抉るような部分があると」
「なるほど……」
頷きつつ、田島の顔には判断保留の色が濃い。
噂や風聞を根拠として処分されるというのは考えにくい。ワンマン社長が経営する零細企業ならともかく、国家の重鎮ならなおさらだ。
となれば、深刻な権力闘争の結果だと考えた方が筋が通る。
聖女同士というより、その後ろ盾の。
「つまり、左大臣マーチスは失脚するとアトムは読むのだな?」
「まだ判りません。そういう可能性があると思っただけです」
先代の聖女の後ろ盾は左大臣マーチスだった。だからこそ我が世の春を謳歌してきたわけだ。
しかしその聖女が聖都を去ったとなれば、状況は変わってくるかもしれない。
「備えておく必要があるかと。備えていて何も起きなかったときは笑い話で済みますが、準備不足でなにかあったら笑えませんから」
「その通りだな。本当にアトムは気がつく男だ。何度もいうが予に仕えないか? 王国軍参謀の地位を用意するぞ」
たった十五人ばかりの小集団では才能を活かせないだろうと笑う。
「俺の答えはいつでも同じです。陛下」
微笑する。
彼もあしょろ組土木の若い衆と同じだ。
茜の影が差さない場所を歩くつもりはないのである。
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