第20話 王都ミッシクル
まずモタルまでは四十分で着いた。
舗装まではされていないが整備された道である。
三十一キロを四十分というのは、むしろ安全運転な方だろう。
そしてそこからは、従来の街道を使っての移動だ。
「道幅も狭いし外灯もないからね。移動は日中に限定しよう」
「それはむしろ当然だな。夜の街道など、野盗なりモンスターなりに襲ってくださいと言っているようなものだ」
茜の言葉にマーリカが頷く。
日中、つまり八時間から九時間くらい走れば、街や宿場を八つくらい通過できるだろう。
これは、街と街の間隔が五十キロ程度という予測に基づいたプランだ。
というのも、人間の移動距離が一日に五十キロくらいだから。
きちんとした都市計画に基づいて造られたものではないにしても、人の動きに合わせて街はできていく。
旅人や行商人に宿や食事を提供する店ができ、そこに食品を卸す人々が集まる。そして人が集まれば、さまざまに娯楽に従事する人が生まれる。
そうやって街は大きくなっていくのだ。
その五十キロくらいと予想した街と街の間を一時間程度で移動する。
「充分にバッファをとったプランだと思います」
「むしろ異常な速度だけどな。私たちの常識からすれば」
マーリカの苦笑だ。
宿場ごとに馬を変えるという強行軍の早馬でもこんな速度は出ない。休息しないと騎手だって死んでしまうし。
「でもさ、王都まで徒歩でなら十日もかかるんだよね? サリーズから五百キロも彼方って話になるのかな」
べつにサリーズはルマイト王国の端っこにあるわけではないから、ものすごく広い国土を持った国ということになるだろう。
「すごく遠回りをしていて、直線距離だと二百キロもなかったってオチかもしれませんよ。社長」
「私もアトムの意見に賛成だな。サリーズとモタルの例を見てしまうと」
肩をすくめる田島にマーリカが同意した。
従来の街道は五十二キロもあった両都市は、直線だと三十一キロしかなかったのである。
サリーズと王都の関係がそうならないとは、残念ながら言い切れない。
そして、王都ミッシクルに到着したのは翌日の昼である。
結局、運転の交代要員として同行したしたはずの緑谷が全行程を運転してしまった。
「ていうか最初からそのつもりでしたし。姐さんや田島のダンナに運転させるわけにはいかないですよ。常識的に考えて」
そういって笑ってる。
若くても茜は社長だし、オタクでも田島は常務なのだ。
彼らに運転させて平社員が後部座席ってわけにはいかない。
「いや、そこはどうでも良いんだけど、オタク関係ないよね? 関係ないよね? ねえ緑谷くん」
「それなら帰りは、私も運転してみたいな」
「なにがそれならなのかさっぱり判らないよ。マーリカ」
カオスな会話を繰り広げつつ、ミッシクルの門をくぐる。
徒歩で。
残念ながらワゴン車が王都に入る許可はもらえなかった。
「まあ、これは当然ですな。こんな得体の知れない機械を、ほいほい王都の中に入れてくれるトロピカルな王様は、きっとマンガの中にしか登場しないものです」
「じょーむの言うとおりだね。門兵さんが車を見ていてくれるってだけでも御の字だと思うよ」
見ているというより監視しているわけだが、茜は好意的に解釈することにしたらしい。
兵士が見張っていてくれるならイタズラもされないだろう、と。
「ともあれ、謁見の順番がまわってくるまで、王都観光をたのしむといいぞ」
「マーリカ卿。すくに取り次ぎいたしますので、遅くとも明日の朝には謁見が叶いましょう。けっして深酒などなさらぬようにお願いしたい」
国王の使者である騎士マルザインが釘を刺す。
じつはこの人、王都への帰還途中に茜たちに追いつかれ、紆余曲折あってワゴン車に便乗することになったのだ。
「十日かかる道程をわずか一日半で踏破する車両に、街道を半分の距離にしてしまう技術者たち。カルマーン陛下は何を置いても君たちに会わなくてはならない」
とは、茜や田島にマルザインが語った言葉である。
あまりの真剣さに少し引いてしまうくらいだった。
ともあれ、城下の高級宿の腰を落ち着けた三人を残し、マーリカとマルザインは連れだって王城へと出かけてる。
観光していても良いがすぐ戻れる位置にいろと言い残して。
「ああいう言われ方をしちゃうと、私とじょーむは宿で待機してるしかないけど、緑谷くんは遊びに行って良いよ。念のためトランシーバーは持っていってね」
「親方たちを残して遊びに行くなんてできるわけないじゃないですか」
「いや、むしろ情報は集めておいて欲しいかな」
手を振って拒絶する緑谷に翻意を促したのは田島である。
「現状、俺たちは人に恵まれている。マーリカ氏もザンドル氏も、そしてマルザイン氏も一角の人物だった。けどね」
一度、言葉を切って田島は茜と緑谷を等分に眺めやった。
「彼らをデフォルトとしてルマイト王国の人々を計っちゃいけない。上の方は腐っているかもしれないし、逆に下々がひどいことになっているかもしれない」
自分たちは王城で上の人を見てくるから、君は庶民の暮らしや考え方を観察してきて欲しいと締めくくる。
神妙に頷く緑谷。
生きた情報というのは本当に貴重だ。だからこそ命がけで奪い合われることすらある。
「判りました。酒場の雰囲気、商店街の品揃え、娼婦の顔、裏町の汚さ、ガキどもの体型、こんなところですかね」
「よく判ってるじゃないか」
「抗争前の情報収集でも一緒ですからね」
見るべき点をちゃんと押さえている緑谷に、やれやれと肩をすくめる小太り軍師だった。
※著者からのお願いです
この作品を「面白かった」「気に入った」「続きが気になる」「もっと読みたい」と思った方は、
下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にして評価していただいたり、
ブックマーク登録を、どうかお願いいたします。
あなた様の応援が著者の力になります!
なにとぞ! なにとぞ!!




