第18話 王都からの呼び出し
街道新設の報酬が入ったことより、社員たちにようやく給料が支払えるようになった。
社員たちは一人残らず、そんなもの必要ないと主張していたが、会社としてそういうわけにはいかないのである。
「ゆーて、もらったところで使い道がないってのもありますけどね」
「そいつは言わねえって話だぜ。じょーむ」
田島の言葉に変なポーズで応える茜だった。
住居はマーリカの城館に世話になっているわけで金がかからない。電気もガスも水道も電話もネットもないから公共料金もかからない。
飲む、打つ、買うくらいしか、散財の方法がないのである。
「酒場に行っても酒もツマミも美味しくない。賭場に行って仮に勝ったとしても金を使う場所がない。二千人規模の町の娼館なんかにいっても娼婦の数は限られてますからね。下手したら社員がみんな兄弟になってしまう。つらすぎますて」
「生々しいなぁ、じょーむは。遊びに行ってきたの?」
「行くわけがないじゃないですか」
「なんで? 金髪碧眼に白い肌とか、もろにじょーむ好みじゃない」
「俺の好みは、三次元にはいないんですよ」
適当なことを言っている。
まあ、オタク趣味以前の問題として、女にがっつくような年齢でもないというのが一番の理由だろう。
後腐れなく遊べる娼館とはいえ、サリーズくらいの小さな町では、街角でばったりなんて偶然もある。
さすがに気まずいというものだ。
「犯罪に走られても困るし、適度に発散してね」
「社長は俺をなんだと思ってるんですか。オタクがみんな犯罪者予備軍だなんて、偏見も良いところですよ」
全オタクを代表して、ぷんすかと憤慨する田島だった。
「でもさ、町に還元しないとダメなのも事実だよ。金払いが悪いヤクザ者なんて誰にも歓迎してもらえないんだから」
「元、ですけどね」
自嘲を込めた茜を、田島が優しくたしなめる。
あしょろ組土木はカタギの土木建築会社だ。誰からも後ろ指をさされるようなことはしていない。
「まあ、せめてメシが美味ければ街に繰り出す理由もできるんですが」
「さすがにすぐには無理でしょ」
ジーアポットの作り方とその効能は街の人々に伝えてある。
もう三週間近くも前のことだ。
街では新しい料理の研究が始まっており、冷たいエールなども供されるようになっているが、舌の肥えた日本人が通いたくなるような店はまだ登場していない。
ある日、緊張を白皙にたゆたわせたマーリカが、あしょろ組土木に貸している離れにやってきた。
「アカネ。ついに呼び出しがきたぞ」
「思ってたよりはやかったね。マーリカ」
にっと笑った茜だったが、やはり多少は声に緊張がある。
リリス子爵を介して、ルマイト王カルマーンからの招聘だ。
これがあると予測していたから、新サリーズ・モタル街道の開通後、マーリカはあしょろ組土木に新しい仕事の依頼をしなかった。
道路一本引いたくらいで王様からの呼び出しなんかあるわけないだろ、と、当初茜は笑い飛ばしていたが、マーリカと田島に呆れられたものである。
五十二キロだったサリーズとモタルの距離が三十一キロになった。
この意味が判らないなら、騎士というか軍略の専門家ではない。
まあ、田島は軍略家ではなく、たんなるオタクだが。
二十一キロの短縮というのは、馬も人も移動時の疲労がそれだけ軽減する、というだけにとどまらない。
いままで徒歩で一日だったのが、半日になるのだ。
時間的距離で考えたら四時間くらい。
「四時間も早く戦場に到着して準備できると考えれば、どのくらい有利かわかるのではないか」
とは、マーリカの言葉である。
兵を休ませるもよし、あるいは陣地を作るもよし。
とれる戦術の幅がぐっと広がるのだ。
「それに気づかない王様なんていませんし、王様が気づかなくても側近が気づくと思いますよ。とんでもない無能者集団でもないかぎり」
田島にまでこう言われたため、茜は備えることにしたのである。
そして使者は彼女が考えていたよりずっと早くやってきた。
具体的には、開通式から一週間後だ。
「つまり、工事の当初の段階で興味は持っていたということでしょうね」
「で、あろうな。あるいは卿らが現れたときから観察していたのかもしれない」
マーリカを毒味役として、あしょろ組土木を泳がせていた。
もちろん、役に立つのか排除するべきか見極めるために。
「食えないジジイだ」
「自分の国の王様をそんなふうにいって良いんですか?」
「いないところで上司の悪口を言う程度の自由もなかったのか? アトムの国には」
にやりと魅力的に笑うマーリカ。
降参だとでもいうように、田島は両手を広げてみせた。
洋の東西どころが、世界が変わっても人間の心理というのは一緒らしい。
「出発は明後日、アカネとアトムは準備を進めてくれ」
佐伯以下十三人は留守番である。
ぞろぞろと全員って王都に赴いても仕方ない。
呼ばれていない人間は城に入ることはできないし、ワゴン車やユニック、ロードローラーを放置して出かけるのもまずい。
若い衆は王都観光をしたいだろうが、それは次の機会である。
「どのみち、王家から仕事を依頼されるだろうしな」
なんだか諦観したようにマーリカがいった。
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