第16話 よけいな仕事
じっさい、この国の人々は健脚である。
茜たちの早足が、普通に歩く速度なのだ。しかも大荷物を背負って。
日本人ってひ弱なんだなー、と、何度も認識させられている。
「こんな走りやすい道がモタルまで通ったら、荷の運搬などもかなりラクになる。はやくあやつらにも歩かせてみたいものだ」
マーリカは満面の笑みだ。
工事は順調そのもの。食事も改善されたため社員たちの気力も充分で、予定より少し進んでいるくらいである。
まあ、草を刈ってロードローラーで転圧しているだけだから。
三層のアスコン舗装などしたらもっとずっと時間がかかる。
「モンスターが出ると作業が中断してしまうってのが困るけどね」
「念のため巡回はするが、私の勘ではもう出ないと思う」
「そのこころは?」
「あのオーガーは、ここらへんのヌシだったのではないと思うのだ」
腕を組んだマーリカの言葉に、茜がきょとんとした。
ヌシとはなんだろうか?
「このあたりを取り仕切ってるボスみたいなもので、それがいなくなったから他のモンスターもおとなしくなるってことですかね」
田島が独自の解釈を加えて確認する。
ダンジョンもののゲームなどでは、ボスモンスターを倒せばフロアが開放されるというのはわりと良くある設定だ。
「そんなバカな話はないよ。じょーむ」
「おとなしくなどならないさ。アトム」
そして女性二人に笑い飛ばされる。
左右から肩を叩かれながら。
つらい。
「頭が消えれば、次の頭を巡って争いが起きるだけ。暴力団の抗争と一緒だよ。仕切ってるやつがいなくなったらむしろ治安は悪化するんだ」
「ヌシが倒されたから、このあたりのモンスターどもは次の座を巡って激しく争うだろう。人間に手を出している余裕はないということだ」
元ヤクザと騎士の見解が一致した。
じつは田島がクッションになる言葉を入れたおかげである。
不正解を口にすることで、彼女たちは認識を共有することができたのである。
しょげてしまった田島には判らないだろうが。
「それにしてもアトムは、どうしてトップがいなくなったら平和になると思ったのだろうな」
「しかたないね。じょーむは普通の人だから、切った張ったとは無縁なんだよ」
マーリカと茜がぐにぐにと田島のふくよかな腹を押して慰撫する。
「なぞの慰めかたをせんでください」
美女二人に腹を触られるのをご褒美と感じる高みには、まだ田島は至っていないのであった。
視察は一時間ほどで終わり、マーリカたちは街へと帰っていった。
そしてその一時間の間にも工事は順調に済んでいる。
「中間地点に休憩スペースを作ったら面白いかもね」
「休憩スペース?」
「道の両側を刈り込んでさ、飲食店を出せるような空間を作ったら良いかなーと思ってね」
「なるほど……」
ふむと田島が腕を組む。
もちろんそんな依頼は受けていない。あしょろ組土木が請け負ったのは、サリーズからモタルまでの街道新設だ。
つまり茜の提案は、仕事以外のことをしようというものである。
普通だったら、そんなものが必要なら現地の人が勝手に作れば良い、と斬り捨てる類のものだ。
「じょーむは反対?」
「昔……一九九〇年代の後半ですが、カンボジアへの支援として橋を架けるという事業がありました」
チュルイ・チョンバー橋、通称は『日本橋』である。
この橋の真ん中あたりにはバルコニーがあり人々の憩いの場になっているが、当初そんなものは作られる計画はなかった。
人道支援で造る橋にバルコニーのよう飾りは贅沢だ、という意見が多かったのだ。
しかし技術者は絶対に必要だと主張したのである。
平和になったカンボジアには、憩いの場が不可欠だと。
結果からいえば、バルコニーは人々の憩いの場となり、平和な時代の象徴となった。
「そこまで大それた話でなくても、俺たちの仕事がこの国の人たちの生活に役立つだけでなく、心の癒やしになるなら、技術者冥利に尽きるってものですよね」
「長い! その例題必要なかった!」
「ええぇぇぇ……いま俺、すごく良い話しましたよね……」
「普通に賛成って言えばいいの!」
ぷいっとそっぽをむいてしまう茜。
なかなかひねくれているが、じつはこれ、ちょっと感動してしまった照れ隠しなのである。
「そして、カンボジアの紙幣には橋を造っている技術者と重機が描かれました。ゲリラに銃口を突きつけられたり、様々な苦労の末にやり遂げた彼らの仕事は、たしかに人々の心に何かを残したのです」
にやっと笑った田島が、公共放送のドキュメンタリー番組みたいな口調で物語をしめる。
「とぁぁぁっ!」
振り向いた茜が、唐突に必殺のフライングクロスチョップを田島に決めた。
「ぐはぁぁぁ!?」
大げさに倒れ込んだりして。
フライングクロスチョップだろうとモンゴリアンチョップだろうと、たぶんそこまでは効かないだろう。
「よし悪は滅びた」
ふんすと鼻息を荒くする茜。
こうして新しい街道の左右に、イベントスペースのようなものが作られることになった。
つまり上り線と下り線の両方であるが、べつに中央線を引くわけではないので、上り下りの別はない。
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