第14話 邪剣ですから
しかし、作業は順調には進まなかった。
モンスターが襲ってきたのである。
いつかのようなゴブリンではない。
「人食い鬼だ! みんな逃げろ!」
そう叫んで走り出し、怪物の正面に立ち塞がって皆を守ろうとした勇敢な兵士は巨大な棍棒で横殴りされて三メートルほども吹き飛んだ。
子供が飽きて投げ捨てた人形のように、二度三度と地面でバウンドしながら。
そしてぴくりとも動かない。
おそらく最初の一撃で即死したのだろう。
「ナッシュ!?」
ちょっと信じられない光景に茜が声をあげた。
だが、それがまずかった。次の獲物として見定められてしまう。
吠え声を放ち、一直線に茜の方へと鬼が向かってくる。
身長は三メートルに達しそうなほどで、体重なら二百キロくらいありそうだ。
完全に人型のヒグマだな、と、こんな場合なのに茜は冷静に分析する。
しかも武器を持っているからヒグマより性質が悪い、と。
「あしょろ組は逃げてくれ」
「俺たちで時間を稼ぐ」
「マーリカ様に、俺たちは勇敢に戦ったと伝えてくれ」
死を覚悟した顔で兵士たちが言う。
それはそうだろう。
槍しか装備しない状態でヒグマの成獣と戦えといわれたら、屈強な自衛隊員だって尻込みしてしまう。
「大丈夫だよ。リッツ、ファイ、アンドル」
名前を呼び、茜が最年少の兵士、アンドルの肩を叩いた。
それから大声で社員たちに呼びかける。
「野郎ども! 一宿一飯の恩義を返すときがきたよ!!」
『へい! 姐さんっ!』
一斉に唱和する。
剣先スコップを構えるもの、スレッジハンマーを担ぐもの、様々だ。
普段の気の良い作業員という雰囲気は、一瞬にしてがらりと変わる。凶猛な武闘派集団のそれへと。
「ここは俺に任せてもらいやしょうかね」
とくに気負いもなく佐伯が前に出た。
「おいおい……」
「こいつだけ、お借りしやすね。リッツの旦那」
兵士の腰からショートソードを拝借する。
小癪な挑戦と受け取ったのか、オーガーが標的を佐伯に変えた。
もう指呼の間。
「そうやって、誰を相手にするか考えるくらいのことはできる。そんなクマぁいやせんよ。どんだけクマみたいにでかくでも、こいつぁ人間の類です」
不敵な笑みを浮かべて佐伯が前進した。
ように見えた。
しかし、彼が刻んだのはサイドステップである。
ぶぉんと音を立てて棍棒が空を切った。
オーガーの身体が泳ぐ。
「武器を使ってるってことぁ、牙や爪じゃ戦えねぇって自分で言ってんのと同じだよ。鬼さんや」
体勢の崩れたオーガーの膝裏をしたたかに蹴りつける。
たまらず地面に両手を突いてしまう人食い鬼。
しかしダメージは少ない。
ちょっと蹴られただけ。ゼロといっても良いくらいだ。
すぐに立ち上がり、この小憎らしい小兵の頭をたたき割ってやろうと棍棒を振り上げる。
そしてそのままバランスを崩して、ど派手に転倒した。
「俺の蹴りがただの膝かっくんだと思ったかぃ? スジの一本や二本は絶たせてもらったに決まってんだろ?」
絶叫をあげてもがくオーガーにすっと近づき、ショートソードを一閃させる。
首筋に。
噴水のように吹き上がる鮮血。
「人間は首の動脈を切りゃあ数秒で死ぬ。鬼さんも無駄に苦しまずに逝っちまいな」
「ありがとさん。リッツの旦那」
「あ、ああ……」
兵士が返された短剣を受け取った。
目の前で展開された光景の意味がまったく理解できない。
ぶっちょとかシンの兄いとか呼ばれる青年は、いったい何をしたのだ?
「班長……一体あれは……?」
最も若いアンドルは、まるで曲がり角でばったりドラゴンに出会ってしまったような感じである。
いや、俺も似たようなものか、と苦笑しながらリッツが思考を巡らした。
分析すれば複雑なことはない。
首というのはたいていの生物にとって急所だ。人間もモンスターも変わらない。だから首を切り裂いたら死ぬ。
ただ、身長差の問題で人間の攻撃はオーガーの首にクリーンヒットしない。
ならば転ばせて、届くようにすれば良い。
本当に、解説すればものすごく簡単で、しかも理に適っている。
「実行面の難易度を別問題にすれば、という話だけどな」
「すごい……」
リッツの説明を受け、アンドルが目を輝かせた。
オーガーなんて、五、六人の兵士で囲んで戦っても犠牲が出てしまうかもしれないっていう難敵である。
とんでもない膂力を持ち、奸智まで備えているのだから。
「すごいです! シンさん!」
「よしてくれよ。アンドルの坊ちゃん。俺の剣は邪剣もいいところだ。真似するようなもんじゃねえよ」
しょせんは殺すための剣である。
相手の良いところを引き出すなんて高尚なものではない。
オーガーは実力の万分の一も発揮できずに死んだわけで、まともな決闘なんかでは絶対にありえないのだ。
「アンタはまっすぐな剣を学びなせえ」
そう言って、返り血のひとつもついてない手で栗色の髪を撫でてやる。
くすぐったそうにしながらもアンドル少年の瞳の輝きは消えない。
「こうして、シン兄ちゃんに憧れる子供がまたひとり……」
「格好いいなんてもんじゃなかったですね。部長は」
やれやれと肩をすくめた茜に、ぼーっと田島が応えた。
腕っ節が強くて優しくて、しかもイケメン。
夜の町のホステスたちだけでなく、養護施設の子供たちからもモテモテだったのも判ろうというものである。
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