第12話 やっぱり北海道米だよね
たぶん日本にいる頃だったら、たいして美味しいとは思わなかっただろう。敬愛する女社長の手料理だという加点があっても、食べられないことはないかなっていうあたりが妥当な評価だ。
しかし現実は、社員たちはがっついている。
空腹は最高の調味料なのだ。この場合の空腹には精神的な意味も含まれる。
まともなメシが食える。こんなに嬉しいことはない。
十代の若手社員なんか泣いてるくらいだ。
「でもまあ、想像していたよりずっと美味しいのは事実ですけどね」
「野菜が常識的な味だった。肉からいいダシが出た。この二つが大きいよね。じょーむ」
なにしろコンソメもブイヨンも顆粒調味料もないのだ。
塩と、ほんのわずかな香辛料だけで、どこまでちゃんとした味になるか、茜にも未知数だったのである。
干し肉を煮込んだことで上手いことダシが出たのは嬉しい誤算だ。
固いパンも千切ってシチューの木皿に入れてしまえば、味を吸って良い感じになる。
「ただまあ、お米は食べたいけどねー」
「日本人ですからな」
ちゃんと食事をしたことで、ますます日本での食事が恋しくなってしまう。
これは海外旅行などをしたときも同様の心理になるらしい。
やっぱり米の飯が食いたい、と。
「イタリア軍にはジェラートを作る車両があるように、自衛隊にも米を炊く車両がありますからね。野外炊具一号(改)っていうんですが」
「格好いいんだが微妙なんだかよく判らない名前ね」
本当に微妙そうな顔をする茜。
名前は微妙でもスグレモノで、六百人分の米を同時に炊くことができる。汁物だったら一千五百人分だ。
「けど、そんなものを作ってまでごはんを食べたいんだ」
「ソウルフードも食べさせないで戦えってのは、さすがに無理でしょうからね」
「つまり、私たちにもお米が必要ってことよね」
「手に入れば良いんですが」
難題である。
この世界で稲作をやっている地域があるのか、まずはそこから調べなくてはならない。
すこし途方もなさすぎで泣けてくる。
「マーリカに相談してみるしかないか」
「親方。ちょっと相談があるんですが」
ふーむと腕を組んだ茜に、若い社員が話しかけてきた。
両手でデイバッグを抱えている。
会社のものではなく個人の荷物だ。
「どしたの? 宇木くん」
「これで、みんなにメシを食わせてやってくれませんか!」
ぐっとバッグを差し出しながら言う。
中に何か入っているということなのだろう。
顔を見合わせた茜と田島が中をのぞき込めば、そこにはまさにいま話題にのぼっていた米が入っていた。
「まじか……」
思わず唸ってしまう茜。
大量ではない。二キロくらいの小さな無洗米の袋だ。
「どうしたの? これ」
「仕事前に買ったんですよ。ちょうど部屋の米がなくなったんで」
夜間の現場だったから先に買い物を済ませたのだろう。
終わるのは朝方で、スーパーはまだ開いていないから。
「こっちにきてすぐ親方に渡そうと思ったんですが、これっぽっちしかないんで意味がないかなと……」
頭を下げる。
二キロの米というのは、ざっと十一合。
十五人で食べたら、一人一合もあたらない。
ようするに一回の食事で消えてしまうということだ。
今日まともな食事をしたことで思い出してしまったのだろう。もう一ヶ月近くも米の飯を食べていない、と。
「もう食えないかもしれないから、一回でも米を食っておきたくて」
「わかった。これは私が預かるよ。ありがとうね、宇木くん」
礼を言って受け取る。
もしかしたらこれで万事解決するかもしれないと淡い期待を抱きながら。
つまり、複製魔法で増やせないかと考えたのだ。
明確に口にしなかったのは、確証を得ていないからである。
「じょーむ。あとからちょっと付き合って」
「わかってますよ。社長」
二人の顔は真剣そのものだ。
たぶん、ジョイントベンチャーを組む他の会社の幹部と会うときだって、ここまでキリッとした顔はしていないだろう。
「食べ物の複製というのは簡単ではないのだよ。オヤカタ」
事情を聞いた魔法使いのイファは、右手で白い髭をしごいた。
魔法というのは学問であると同時に、イメージが大変に重要らしい。
「食べ物そのものを作るというのは神の御業だ。多くの魔法使いがそういう固定観念を持っている」
だから、魔法学的には難なく成功するはずの食べ物の創成は失敗することが多いのだという。
これは、この世界の成り立ちである創世神話において、神が人に食べ物を与え、それを得るための方法を教えた、という部分に触れてしまうから。
「食べ物を獲るための道具なら複製するのは難しくないんだけどな」
「そういうもんなんですか」
いささか失望した顔の茜だ。
宗教に無頓着な日本人には理解が難しいが、信仰というのは魂の根っこの部分に宿っている。
簡単に、あるいは都合よくねじ曲げて解釈するというのは簡単な話ではない。
「仕方ないかぁ」
「ちなみに、そのコメというのはどういう食べ物なんだ? 参考までに見せてくれ」
「あ、はい」
そういって茜が取り出したビニール製の米の袋を、イファがまじまじと見つめる。
「これは何と書いてあるんだ?」
言語によるコミュニケーションはまったく問題なくおこなえるが、文字は読めない。
これは茜たちも同じで、ルマイト王国の文字は謎の記号にしか見えないのだ。
「北海道産ナナツボシですね。宇木くんったら良いお米食べてるなぁ」
「これが食えるというのが、まず信じられないけどな」
「信じられないなら、複製できるんじゃないですか?」
揚げ足を取るようなことをいってすみませんと頭を下げる田島。
なんだか驚いたような顔で、イファが見つめる。
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