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進め、異世界土木隊 ~我らの前に道はない。我らの後ろに道ができる!~  作者: 南野 雪花


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第11話 オタクの無駄知識が火を吹くぜ


 ありがたいことに、パンは二日前に焼いたという比較的新しいものが手に入った。

 カンパーニュみたいに丸くてでっかいやつである。


 香辛料はほとんどなかったが塩はけっこう安価で買えた。町の近くで岩塩が採掘できるらしい。


「バターも買えたから、いちおうカタチにはなりそうだね」


 鍋だのお玉だの調理器具まで満載したネコ車を押し、社員たちが仕事をしている現場へと向かう。

 まだ町から十キロほどの地点で作業中なので、充分に徒歩圏内だ。


 日本にいた頃は普通に自動車を使う距離ではあるが。


「楽しみですなぁ」

「期待しすぎるとがっかりするよ。べつに私、料理上手ってわけじゃないし」


 早くに母親を亡くしているから、若い頃からなにかと家事をしてきたというだけの話だ。


 ついでに、祖父も父も家族団らんなんか似合うような柄でもなかった。

 茜だって外食だった記憶の方が多い。


「まあまあ、俺も手伝いますって」

「でたな。謎の引き出し。じょーむは料理も上手そう」


「たしなみ程度ですよ」

「オタクがいう嗜みなんて、一般人がドン引きするレベルじゃない」


「否定しませんけどね」

「しろよ!」


 馬鹿話をしながら笑いあう。

 二十五歳の茜と四十八歳の田島。実年齢は二回りも違うのだが精神年齢はだいぶ近い。

 これは茜が大人びているのか、田島の心が老いないのか。


「しかし、タマネギっぽいものもジャガイモっぽいものもありましたね。異世界とはいえ共通点はあるものですなぁ」

「見た目が似ていても油断できないよー。味はまったく違って、そのジャガイモっぽいものがスイカの味がするかもしれない」

「なんですか、その脳が混乱しそうなホラーは」


 できれば想像の範囲内の味であってほしいと願う田島であった。

 やがて二人の目に、この世界には似つかわしくない機械類が見えてくる。





 一日に工事が進む距離は、七百から八百メートルといったところだ。

 装備も人手も足りないなかでの作業としては、なかなかの数字だろう。

 ブルドーザーでもあればかなりスピードアップするが、ない袖は振れない。ロードローラーがあるだけでも僥倖というものある。


「先に火をおこしてたんだね。ぶっちょ」

「すんません、お嬢。若い衆がそわそわしちまって。無理に作業させたら危ないと判断しやした」


 佐伯が頭を下げた。

 現場を仕切る彼の判断で休憩時間をはやめたという。


「むしろ英断だよ。部長。怪我をしてから悔いても及ばないからね」


 ぼんと田島がその肩を叩いた。


 やっとまともなものが食べられると思えば、どうしても意識はそちら側に向いてしまう。

 刈払機で作業中に別のことを考えるなど論外中の論外だ。

 事故フラグが立ちまくっているといってもそんなに言い過ぎじゃないだろう。


 半日の遅れも許容できないほど工期は詰まっていない。ここは充分に鋭気を養わせるべきである。

 ましてこの世界にちゃんとした医療機関なんかないのだ。怪我人なんか出たら大変だ。


 まあ、病院がないかわりに回復魔法が存在し、医者のかわりに魔法医というのがいるらしいが、彼らの能力を試すためにわざわざ怪我をする必要はない。

 何事もないのが一番だ。


「で、どんな料理にしても火と水は絶対に必要ですからね。用意させました」


 街道脇の原野を刈り、簡易的な調理場と飲食スペースまで作っている準備の良さには、さすがに少し呆れるけれども。


「食材は集まりませんでした、とかいったら暴動が起きちゃいそうだね」


 くすくすと茜が笑った。

 その冗談に佐伯が一瞬青くなりかけたが、ネコ車の方を見て安心する。

 社員たちの期待感はほとんど上限に達しつつあるのだ。

 ここで「やっぱりなし」は言えるわけがない。


「ゆーて、たいしたものは作れないよ。ただのシチュー」


 あんまり期待すんなとたしなめる茜。

 しかしその言葉はまったく効果がなかった。


 シチュー……シチュー……と、社員たちにざわめきが広がっていく。

 拳を握りしめて喜びに震えているものまでいる。


「俺と社長で料理するから、部長にはちょっと作ってほしいものがあるんだ」

「なんですか? アトムのアニキ」


 茜に下準備を任せ、田島は佐伯にジーアポットの製作を依頼する。

 難しいものではない。

 大きな壺の中に小さな壺を入れ、隙間に砂と湿った土を敷き詰める。そして濡れた布で蓋をするのだ。


「なんです? これは」

「ジーアポット。二重ポット式冷蔵庫ともいうね」


「冷蔵庫? これが」

「気化冷却現象を利用した電源のいらない冷蔵庫、紀元前のエジプト文明とかで使われていたんだ。壁画にも残ってる」


「さすがアニキ。無駄知識の宝庫ですね」

「無駄っていうな。泣くぞ」


 乾いていて風が吹いている、という条件が満たされた場合、小さいポットの中は五度くらいまで下がる。


 この構造が再現されたのは一九八〇年代の後半。

 以来、たとえばアフリカ諸国の電気のない地域などで活用され、食品のみならず医薬品やワクチンの保管などに大活躍している。


 ただ、湿度が高いと効果が薄かったりするので、日本、とくに本州の夏ではあまり役に立たない。


「それでも、食材を冷やすことができれば、干し肉ばっかり食べなくてもすむからね」

「それは大変に重要ですね!」


 いまひとつ理解していなかった佐伯だったが、最後の部分にくわっと目を剥いて賛同するのだった。



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[一言] 魔法使いに氷を作ってもらって、箱にいれるだけで良かったなんてオチがきそう>冷蔵庫
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