第10話 ごはんをつくろう
「よし。ごはんを作ろう」
ある朝、茜が言った。
社員たちが神妙に頷く。
あしょろ組土木はいま、大変な問題を抱えているのだ。
街道工事の話ではない。そっちは順調である。たとえばルートに大きな岩などがあればワイヤーを渡してユニックで浮かせて街道脇に捨てる。そのありさまが雄壮だということで、わざわざサリーズの町から見物人がやってくるくらいだ。
問題はそこではなく、弁当が貧相なこと。
毎日毎日、かちかちのパンと干し肉。そしてワイン。
くる日もくる日も、かちかちのパンと干し肉、そしてワイン。
若い社員のなかには「昼はいらないっすわ」とかいって食べないものもでてくる始末だ。
さすがにまずいと茜たち幹部は危機感を抱いたのである。
なにしろみんな肉体労働をしているから。
食事抜きでは身体が持たない。
「といっても、何が作れるか判らないけど。せめてここまで顎を酷使しなくて良いものを食べたいよ。あと温かいものね」
食品保存する方法として、干すか燻すという選択肢しかない世界である。
日持ちさせるために、とにかくかちかちに乾かすのだ。これでもかこれでもかってくらい。
そしてそれをワインに浸して柔らかくして食べる。
正直なことをいえば、まったく美味しくない。
贅沢は敵だ、という精神で頑張ってきたが、茜もそろそろ限界である。
「みんなは作業を始めておいて。じょーむは私と一緒に買い出し班ね」
社員たちの声援を背中に受けて、茜と田島はマーリカの屋敷から現場ではなく市街部へと向かった。
十五人分の食料なので、カートがわりにネコ車を持参して。
「しかし、エースがあるから重宝しますなぁ」
ネコを押しながら田島がしみじみと言った。
八人乗りのワゴン車は、後ろ半分ほどまで現場で使うものが積み込まれている。ユニックの荷台にもいろいろ積んであるが、あちらは大きいものがほとんどだ。
「ネコに食料を積む日がくるとは思わなかったけどね」
現場で土とか瓦礫を運んだりする道具だもの。
衛生的かと問われれば、かなりの勢いで首をかしげざるをえない。
「背に腹は代えられませんて。マーリカさんに頼んだら、またぞろ馬車を出すとかいいそうですし」
「チャリとか使う感覚で馬とか馬車とか出してくるからねー」
くすくす笑う茜。
このあたりはおそらく世界観の相違なのだ。
茜たちからみれば馬とかはかなり特殊な移動手段だけれども、マーリカたちには自動車の方がよっぽど特殊だろう。
サリーズの町には市場があって、ここが町民たちの台所になっている。
といっても二十足らず露店が商売しているだけだ。日本人の感覚になぞらえれば、田舎のお祭り会場に並んだ屋台を想像するとわかりやすいかもしれない。
「保存しないって考えたら、野菜とかは手に入るんだよね」
「肉はさすがに燻製か干したものしかありませんなぁ」
露店を覗きながらそぞろ歩く。
根菜類はやはり日持ちするものが多いのか、比較的手に入る。
逆に葉物野菜はほとんど見かけない。
「冷蔵庫って偉大だったんだねぇ。じょーむ」
食品の保存に関しては、現代の日本人は完全に冷蔵庫頼みだ。
これがあるからいつでも新鮮な食材が口に入る。
どれだけ感謝したって足りない。
「最悪、自分で作るしかありませんな」
「できるの?」
「超うろ覚えの知識ですが」
「ほんとじょーむって、引き出し多いよね」
「本は読んどけってことですな」
笑いあう。
電気を使わない冷蔵庫の作り方を田島は知っていた。
ただ、本人が言うようにうろ覚えなのである。
しかも娯楽小説で手に入れた程度の知識だから、どこまで信憑性があるか判らないというオマケつきだ。
「ジーアポットっていって、紀元前から使われていたらしいですよ」
「おっけ。じゃあそれの材料も買おう」
といっても、ジーアポットの材料は壺が二つだけだ。壺の中に壺を入れるから大きさがそれなりに違えば大丈夫である。
「あ、オヤカタさんじゃないか。絞りたての乳はどうだい?」
露店のおばちゃんが話しかけてきた。
オヤカタというのは茜のことで、社員たちがそう呼んでいるのを憶えたらしい。
本当の肩書きは社長なのだが、そう呼ぶのは田島だけだ。
佐伯はお嬢、アキラは姐さん、そして社員たちは親方と、みんな好きなように呼んでいる。
ビッグボスでも親分でもOK、という鷹揚なんだか無頓着なんだか判らない社長なのだ。
「乳? そのまま飲めるの?」
「そのままは腹を下す人もいるから、一回沸かすのがいいね。だけど精が付くよ」
マルゴリという角が四本もある巨大な獣の乳だという。
でかいけど気性はおとなしくて飼いやすいので、これをこの国の人たちは家畜としている。
乳を搾ったり、畑仕事を手伝わせたり、年老いたら肉にしたり。
茜たちの口に入っているのも、このマルゴリの肉だ。
猟師が狩った獣もあるが、こちらはいつも手に入るというわけではない。
「ふむー 肉と野菜を乳で煮込むだけでも、いまよりはマシになりそうな気がするね」
「クリームシチューですか。いいですなぁ」
呟いた茜に田島が食いついた。
けっして贅沢なメニューではないが、冷たい干し肉とパンだけの弁当に比べたら、七千倍くらい良い。
「いやあ、そんな立派なものにはならないと思うけどね」
きっと日本で食べれるようなものを想像してるんだろうなぁ、と、茜は苦笑した。
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