8、反撃の狼煙
「キミたち人類はそもそも勘違いをしている……いや、違うな。一部の特別な人間を除いた、平凡な一般的な人たち、キミたちのような前線に出てくるようなモノには知らされていない、というのが正しいのだろう。
キミたちが侵攻を続けているこの世界は異世界なんかではないんだよ。
いや、まあ異世界と言えば異世界なのかもしれないけれども、キミたちの地球とは全く異なる世界、というわけでもない。
この世界はいわば、キミたちの世界から見た平行世界なんだよ。
平行世界はわかるかな?
そう、キミたちの世界によく似た別の世界。数多の選択の結果、分岐によって生まれる無数の世界。この世界は、その中のひとつなんだよ。そして、平行世界だということは、この世界は元々、キミたちの世界とほとんど変わらない場所だった。
疑問には思わなかったかい?
異世界であるはずのこの世界の環境が、あまりに地球に似すぎている、と。それを奇跡と言って片付けてしまうには、あまりに都合が良すぎる、と。環境が地球と似ていて当然だ。都合が良くて当然だ。だって、この世界は平行世界で。この星はまさに地球そのものなんだから。
……つまり、この世界には人類が存在した。
鳥も、魚も、昆虫も、哺乳類も存在し、アメリカ大陸も、ユーラシア大陸、オーストラリア大陸、アフリカ大陸、南極大陸も存在した。そして、そこにキミたちとなんら変わりのない平凡な人たちが暮らしていた。文明を築いていたんだ。その世界を、キミたちは攻撃したんだ。
キミたちの世界のお偉いさん方はね、資源が枯渇した世界での活路をこの平行世界に見出したんだよ。遥か彼方の宇宙へ飛び出すのにはリスクが大きすぎる。地球のような環境の惑星を見つけるのは難しいし、そもそも他の惑星に辿り着くのにどれだけの時間と資源と労力を必要とするか。新エネルギーの開発にも失敗した。
宇宙へ飛び出すことも、起死回生の発明もなく、有効な手立ても見つからずに困窮した人類は、ふと気づいたんだ。
『資源ならば、すぐそばにあるじゃないか。平行世界がすぐそこに』
とね。
……すべて、僕が悪いんだ。
実はね、僕もキミたちの世界の住人なんだよ。この平行世界の人間じゃない。
当時、僕は平行世界の研究を行っていた。平行世界の存在の証明を発表した時にはまったく見向きもされなかったんだが、ある匿名の人物から資金提供の話を受けたんだ。その研究をもっと推し進めてくれ、とね。その研究は、世界を変える、と。
まったく、僕はバカな男だよ。その話に、なんの疑問も抱かずに、迷いもなく乗ったのだからね。こんな裏があると知っていたのなら、そんな話になんて……いや、きっと僕はすべてを知っていたとしても、それでもこの話に乗っただろう。当時の僕はとにかく、なにもかもをかなぐり捨ててでも平行世界へと移動する方法を確立してやろう、と躍起になっていたからね。
とにかく、その怪しい誘いに乗った僕は、平行世界への研究をさらに推し進め、そしてついに平行世界へと移動するための手段を開発したんだ。
平行世界へと移動するための穴。
この穴こそ、世界中の指導者たちが求めていたものだったんだ。彼らは、僕を利用して平行世界へと侵攻するための移動手段を手に入れたんだ。こうする方が宇宙へと資源を求めて飛び出すよりもずっと現実的で効率的だとわかっていた。
そして、なんの宣戦布告もなく唐突に彼らはこの世界の地球に攻撃を仕掛けた。
この平行世界の地球の各国の大都市に一斉に核兵器を撃ち込んだんだ。その攻撃を生き延びた人類に対してさらに追い打ちをかけるために、世界中に細菌兵器をばらまいた。それでもなお生き延びた人類を掃討するために、キミたちのような侵攻部隊が結成された。生き延びたごく少数の人類にナムゥヌという名称を付けて、その攻撃対象とした。
そうして、この世界の人類は成す術もなく絶滅の危機へと追いやられてしまった。キミたち人類は、徹底的にこの世界の人類を滅ぼしてから、悠々と資源を奪おう、という魂胆だったわけなのさ。
まったく、反吐が出るだろう?
自らが生き延びるためにとはいえ、平然と同胞である人類を滅ぼそうとすることができてしまえるんだから。たとえその相手が違う世界の、平行世界の人類なのだとしても、その決断は狂気的だとは思わないかい?
……僕は、こんなもののために平行世界への穴を開いたわけじゃない。
決して、世の平和のために、だとか、知識の探求のために、だとか、そんな高尚なもののためだったとは言わない。その研究は100%徹頭徹尾完璧に自分のための研究だった。
それでも。
それでもこんなもののために自分の研究が利用されたのが、僕は悔しい。その結果、この世界はこんなにも荒廃してしまったのだからね。だから、僕はこっちの世界の手助けをすることにしたんだ。もはやこの世界には、キミたちに対して抵抗し得るだけの力もないけれども。それでも、少しでもこの世界の人類たちへの罪滅ぼしがしたかった。この世界の人類たちを一人でも救いたかったんだ。
傲慢だと言われてもかまわない。ただの自己満足だと言われても仕方がない。思い上がりだと言われてもしょうがない。なんと言われようと、僕はこの世界の寿命を少しでも延命するために、自分にできることをしようと思っている。
これは、僕自身のケジメの問題だ。
そして、キミたちに対するささやかな抵抗の準備ができた。その成果がコレだ。ここにこうして捕らえられているキミだよ。これは、この平行世界からキミたちの世界への反撃の狼煙なんだ。キミをこうして捉えるための犠牲も決して少なくはなかった。その惨状をキミも目にしたんじゃないのかな。けれども、この世界は歴史上はじめて、むこう側へのカードを手にすることができた。キミという存在をね。
これから、僕たちはキミを利用して向う側へと一矢報いようとしているのさ」




