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5、血の海

 アイスクリームの再起動に成功し、ようやく視界が広がる。その白さに目がほんの一瞬、痛みを覚えたけれども、二、三度の(またた)きですぐに慣れる。


 そこには先程と変わらず、平原が広がっていた。けれどもそこには、さっきまでは明らかに無かった黒煙が上がっていた。その黒煙が立ち昇っている場所は、さっきまでウォルター隊長が立っていた場所だ。


「隊長! 隊長!」


「聞こえていますか、隊長!」


「返事をしてください!」


「どこです⁉」


 クリスたちの問いかけに、反応はない。最悪の事態が脳裏によぎる。

 不意に、ざざ、とノイズが微かに聞こえた。


「……て……て!」


 ノイズに声が混じる。けれども、ノイズの中に紛れていても、その声を聞き違えるはずがない。その声は、紛れもなくウォルター隊長のものだった。


「隊長!」


 そう叫んだクリスの耳に、ようやくウォルター隊長のクリアな音声が届いた。


「撃て! 撃つんだ!」


 そう叫ぶ隊長に、クリスたちは戸惑う。


 ――撃つ? いったい何に向かって?


 けれども、その疑問はすぐに解消された。


 黒煙が風に流され、薄まり、ようやく隊長の輪郭(りんかく)がおぼろげながらに見えてくる。スーツには所々に黒ずみが見える。恐らく、なんらかの攻撃を受けたのだろう。スーツの防護性能であれば、そうそう負傷したりすることはないだろうけれども、それでも爆発が起きるような攻撃となれば、安全の保証はできない。もしかしたら、そのスーツの機能に支障をきたしている可能性もあるだろう。


 その場から動かない隊長の視線の先に、()()()があった。


 隊長はそのなにかに向かって撃て、と言っているのだろう。アイスクリームのズーム機能でそれを拡大表示する。


 なにもなかったはずの平原。けれどもそこには芝をかぶった黒い塊が現れていた。それがなんなのかはわからない。けれどもおそらくそれが、隊長を攻撃したのだろう、と連想するのは容易なことだった。きっと、地中に設置されていて、部隊の視界を奪うと同時に現れ、攻撃を仕掛けてきたのだ。高度な技術を駆使した(トラップ)。とてもナムゥヌのものだとは信じられなかったものの、それでも現実にこうして目の前に現れた以上、それを信じるほかない。


 奴らは、想定よりもずっと高度な技術を持っている。


 なぜ、ここまで追い込まれるまでこの技術力を使ってこなかったのか。そんな理由、知る由もないけれども、とにかく今は対策を講じるためにもいったん撤退をしなければいけない。


 ウォルター隊長の指示通りにその黒い物体に向けて、ケンとジョシュが攻撃する。二人が伸ばした左腕から小型ミサイルが飛び出し、その黒い塊に命中する。


 黒煙を上げるウォルター隊長の目の前の物体。


 ――隊長の安全は確保されたか?


 わからないけれども、今はとにかく隊長を無事に回収したい。そしてなによりも、ナムゥヌが罠を仕掛けていると思われる、この不気味な地域からいち早く撤退したい。


 クリスとサムはすぐさま隊長のもとへと駆けつける。


「隊長、大丈夫っすか?」


 サムがウォルター隊長の肩をつかむ。


「ああ、バイタルに異常はない。ただ、スーツがやられた」


「自立は可能ですか?」


 と、クリスが訊ねる。


「なんとかな。ただ、飛行は出来ない」


「なら俺が抱えていきますよ」


 なんだか楽しそうにサムは言う。


「お前にか……? よりによってお前にか? 正直不安なんだが」


「失礼な。俺だって人ひとり抱えて飛ぶくらいは余裕っすよ。てか、それくらいできなきゃ部隊にいられないっしょ」


「……はあ、頼むよルーキー」


 渋々、といった声でウォルター隊長は答える。


「はっはー、了解っす。いやあ、ルーキーに抱えられる隊長。画になりますねぇ」


「いいからさっさとやれ」


「はーい」


 そんなやり取りを経て、サムはウォルター隊長を抱える。クリスは隊長になにがあったのかを訊ねる。


「ねえ、隊長。一体なにが起きたんですか?」


「見ての通りだよ。不意打ちさ。アイスクリームの再起動が完了して視界が開けたと思ったら、目の前にコイツだよ。で、ドカン……ったく。どうなってんだよ」


「ナムゥヌですかね?」


「さあな。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。今はとにかく情報が無さすぎる。とりあえず撤退だ。ジョシュ、ケン、先に離脱しろ」


「了解」


「了解です」


 ウォルター隊長の命令に、ジョシュとケンは答える。


「よし、俺たちも離脱だ」


「そうですね……」


 と、クリスが飛ぼうとした瞬間だった。


「……っ! 撃て! 撃て!」


 ウォルター隊長が叫んだ。


 その声に反応して振り返ると、そこには見慣れた醜い怪物の姿がいくつもあった。ナムゥヌの集団だ。けれども数はそう多くない。自分たちの罠が破壊されて出てきたのだろうか。見てみると、さっき破壊した奴らの罠の周辺の地面が開いている。地下に潜んでいたのだろう。


「とにかく撃ちながら離れるんだ!」


 隊長のその命令に従うようにしてクリスは右手を伸ばして、人差し指を伸ばす。その挙動と連動して銃身が飛び出す。


「サム、早く行って!」


 叫びながらクリスは発砲する。アイスクリームによる照準の補正はうまく機能しない。先程の不具合が影響しているのだろうか。再起動は完璧にはできていなかったのかもしれない。


「いや、でも……」


 サムは不安げに振り返る。


「いいから早く。隊長を抱えてる貴方は離脱を最優先して。私はこいつらを牽制(けんせい)しながら、貴方の離脱を確認したらすぐに追うから」


「……わかりました」


「クリス、無茶はするなよ」


 隊長の声に、クリスは小さく頷く。


 問題はない。ナムゥヌは確かにその容姿こそ怪物そのものだけれども、普通の人間と変わらない肉体強度なのだから。攻撃を浴びせつつ隙を見て離脱するなんて、わけもないことだ。アイスクリームによる照準の補正がなくても、威嚇(いかく)、牽制だけならば十分に可能だ。


「いきますよ、隊長」


 そう言って飛翔したサムと隊長を視界の端で捉えながら、クリスは発砲を続ける。数体のナムゥヌが倒れた。けれども、まだ多くのナムゥヌが向かってくる。


「ジョシュとケン、離脱完了」


 と、聞こえてきた。どうやら二人は先に離脱できたらしい。


「クリス、お前も早く離脱しろ!」


 隊長の声に、クリスは頷く。ナムゥヌたちの技術力の底は知れないけれども、それでも空さえ飛んでしまえれば、撤退は容易だろう。


 発砲は止めずに、そのままの姿勢で飛行準備に入る。そして、まさに飛び出そうとしたその瞬間、なにかがクリスの頭部にぶつかった。それは、スーツを着ている身にはほんの小石がぶつかった程度の衝撃だった。きっと、奴らの原始的な銃のような兵器の攻撃がたまたま当たっただけだろう、と思った。


 けれどもその直後、再びクリスの視界がブラックアウトした。


「……っ!」


 ナムゥヌのアイスクリームに干渉する技術だろうか。視界がゼロでは飛行するにはリスクが大きすぎる。隊長たちはこの技術の有効圏内から離れているのだろうか。


 すぐにアイスクリームに再起動をかける。先程の経験から、再起動するまでには多少の時間が掛かることはわかっている。その間、とにかく掃射を止めずに、がむしゃらに撃ち続ける。少しでも奴らの足止めになるように。


「ウォルター隊長! 聞こえますか? 隊長!」


 と、叫んでみるけれども、返事はない。


「ジョシュ! サム! ケン!」


 やはり返事はない。


 アイスクリームだけではなく、通信まで妨害されているのだろうか。だとすれば、これは思っているよりもずっとマズい状況なのかもしれない。


 ――クソッ、早く。早く!


 視界が戻らない限りは、離脱さえもままならない。ナムゥヌたちがいるであろうと思われる方向に、ただただ発砲し続けることしかできない状況に気がはやる。


 きっと、実際には一分も経過してはいなかっただろう。けれども体感としては十五分くらいに感じた漆黒の後に、ようやく視界が復帰した。


 差し込む色に目が痛かったけれども、それでもなんとか細めながらも目を開き、状況を把握しようと努める。


 そこに見えたのは、ところどころが剥がれ、地面の土色が顔を覗かせる、荒れた草原。隊長を攻撃した、今は破壊された謎の兵器の残骸(ざんがい)。その周辺近くに転がる死骸(しがい)。そして、その死骸を飲み込むような赤い血の海だった。


 ――赤?


 その色に、クリスは混乱した。


 ナムゥヌの血の色は緑のはずだ。けれども、そこに広がっているのは真っ赤で、まるでヒトのように見えた。


 いや、ヒトのようではなく、それはまさしく本物のヒトそのものだった。


 クリスの目の前に広がっていたのは、ナムゥヌの死体の山ではなく、人間の死体の山だったのだ。


「これ……は、いったい……」


 と、呟いた直後、クリスは三度(みたび)ブラックアウトした。今度は視界ではなく、意識そのものを失った。

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