4、ブラックアウト
五人が着地したのは、コロニーから二キロほど離れた密林の中だった。その密林に突っ込んだ際に多少の衝撃はあったものの、鋼鉄のスーツには当然問題はなく、五人とも無事だった。
「はあ、こっから徒歩かぁ……」
面倒くさそうにサムはぼやく。
「いいから黙って進め」
そう言ってウォルター隊長は先陣を切って進んでいく。それにクリスたちも続く。直接奴らのコロニーに飛び込まなかったのは、その数が多かったからだ。ウォルター部隊のこれまでの経験でもっとも多い数のナムゥヌを相手にすることになる。直接乗り込んだ場合、二千ものナムゥヌが混乱し、一挙に逃げ出したりするかもしれない。そうなれば、さすがに取り逃してしまう個体も出てくるかもしれない。できることならば、それは避けたい。ゆえに、今回の作戦は潜入ミッションとなった。少しずつ、静かに奴らを片付けていく。そうして逃げ出したとしても、取り逃がすことのない数まで減らしてから一気に攻めることにしたのだ。
眼球スクリーンには大気中の成分が表記されている。湿気が多く、気温が高い。フルフェイスのメットを外せば、きっとむせ返るような空気が肺の中に充満するのだろう。草木の茂る、道のない足場をただ歩いていく。このスーツがなければ、きっともっと大変な道のりだったのだろう。文明の利器というものは本当に素晴らしい、とクリスはしみじみ思う。
そうして道のない道を進んで、約三十分で目的地のコロニーのそばにまで辿り着いた。
――はずだった。
けれども、そこにナムゥヌのコロニーがあるようには見えなかった。目の前に広がったのは、本当になにもないただの平原だった。なんの障壁さえもなく、果てしなく広がる草地。
「嘘だろ……」
と、最初に声を上げたのはジョシュだった。
「……いったいどうなってんだよ」
その言葉に、クリスも、ウォルター隊長も、サムもケンも息を飲んだ。全員がジョシュと同じように思ったからだ。
なにもないその平原。けれども、確かになにもないはずのその平原にナムゥヌの反応があるのだ。アイスクリーム上にはナムゥヌを示す赤い光点が輝いている。なにもないはずの平原、そしてなにもないはずのその空中にも。
訳がわからずに、部隊の面々はただただ呆気にとられているしかできなかった。
「コロニーはどこだよ」
と、サムが呟いた。
「お前たちはここで待て」
そう言って、ウォルター隊長が先行して進んでいく。それをクリスたちは後方から見守る。
確かにそこにナムゥヌが存在することを示す赤い光点。そのひとつにウォルター隊長はそっと触れるように手を伸ばす。もちろん、そこにはなにもなく、その手は空を切る。
「アイスクリームの不具合か……?」
「まさか。全員のアイスクリームが同時に? そんなことがあるわけないじゃないですか」
そう、確かにそれは現実的ではない。ならば、なにかが全員のアイスクリームに干渉している、と考えるのが妥当だろう。問題はそれが何らかの未知の電磁波が発生して、それが機器に干渉してしまっている、というような自然現象なのか、それとも何らかの意思が絡んでいるのか、ということだ。前者ならば問題はない。ただの環境の問題だ。ここにナムゥヌは存在せず、ここまで出張ってきたのは徒労だったのかもしれないけれども、状況を分析してアイスクリームを改良すればいい。地球の環境に非常に似通っているとはいえ、ここは異世界なのだし、未知の存在、物質、現象があるのだとしても不思議ではない。
問題はそこに何らかの意思が介在している場合だ。何者かが意図的にこのアイスクリームの不具合を起こしているのだとすれば、今のこの状況はかなりマズい。ナムゥヌの存在がここにあるのだ、と騙されてここに部隊がおびき寄せられたということになる。ならばこれは罠だ。すぐにでも引いたほうがいい。
ナムゥヌにも知性はある。文明はある。ただ、それは人類と比べるとまだまだ未熟で、せいぜい十九世紀頃の文明があるかどうか、といったところだと推測されていた。けれども、本当に奴らにアイスクリームに干渉できるだけの技術力があるのならば、我々人類の推測は的を外していたということになる。奴らの技術力は人類の脅威になり得る。
「ここは一旦引きましょう」
ケンが提言する。もちろん、クリスもその意見に賛成だ。
「……ああ、そうだな。一度本部に報告を入れたほうがいいかもしれないな」
と、ウォルター隊長もその手を引いて振り返り、帰投の準備を始めた。
けれどもその瞬間、不意に視界がブラックアウトした。
いくら左右へ首を振っても、瞬きを繰り返しても、なにも見えない。ただただ漆黒が広がるだけ。唐突に視界を奪われた世界で、互いの怒号だけが飛び交う。
「おい、一体どうなっている⁉」
「わからない! なにも見えない!」
「下手に動くな!」
「アイスクリームを再起動させろ!」
「もうやってるよ!」
混乱の渦中にある言葉のやり取りは不安を加速させる。自らの心拍も呼吸も加速するのを感じながら、クリスもアイスクリームの再起動を試みる。その間にも通信には怒号が飛び交い続けている。
――早く、早く視界よ戻れ!
と、願いながらクリスは何度も瞬きを繰り返す。そんなことは無駄な行為だとわかっているはずなのに。それでもとにかく足掻く。
そうして視界には青が広がる。その青の端には無数のアルファベットが並ぶ。アイスクリーム再起動までもう少し。
「よし、視界が戻……」
と、ひと足先に視界が戻ったらしいウォルター隊長が声を発した。
「……え?」
けれども彼のその直後の反応に、不安を掻き立てられる。
いったい、彼はなにを見たのか、なぜそんな反応をしたのか。けれども、そんなことを考える間もなく、今度は大きな鈍い音が響いた。




