3、出撃
「なあ、これっていつまで続くんだろうな?」
と、ジョシュがクリスに問いかけた。
「なにが?」
「これだよ、これ」
「これって?」
「ナムゥヌの殲滅作戦だよ。これっていつか終わる日が来るのかね? やつらはアホみたいに生命力、繁殖力が高くて、殺しても殺しても湧いて出てくる。キリがねえよ。かといって、核兵器を使って一気に消し飛ばすってわけにもいかねえ。俺たち人類の最大の目的はこのサブアース1の資源なんだからな。資源が汚染されちゃ本末転倒だ。だから、大規模な攻撃もできない。こうやって少しづつ地道に侵攻していかなきゃならないんじゃ、果ては無いじゃないか」
人工筋肉の尾翼が可変する。音もなく輸送機は大きく傾く。それからしばらくしてから機体が再び真っ直ぐになったところでクリスは口を開いた。
「それでも、無駄じゃないよ。少しずつだけれども、確実に奴らはその数を減らしてる。なんでも地道に堅実にやっていけばなんとかなるもんさ」
「うへぇ……地道なのって嫌いなんだよ。もっと効率的に、楽に生きていきたいもんだぜ」
なんて、ジョシュはうなだれる。それを見て、彼はそもそもこの仕事には向いていないんじゃないのか、とクリスは苦笑する。
「なら効率的に奴らを始末するぞ。そうすればすぐに休暇だ」
そう言ってウォルター隊長は軽くジョシュの頭をはたいた。
「その休暇って、中一日のインターバルのことですよね? それって休暇って言えます? 普通の帰宅じゃないですか?」
「ま、そうとも言えるかもしれないな」
「有休要求してもいいですか?」
「俺たちの仕事にそんなものがあるとでも?」
「ひっでぇ! ちょっと就業規則ちゃんと読み直してきます」
「就業規則に載っている内容に則ってすべて正しく運用されていると思うなよ」
「くはっ! とんでもねえ職場だ!」
なんて、ふざけ合っているジョシュとウォルター隊長とのやりとりを横目に、ケンは黙々と準備を整えている。
「あの二人はなにをじゃれ合ってるんすかね?」
と、サムは笑うけれども、お前も人のことは言えない、とクリスは肩をすくめる。
「で、次の目的地はどこでしたっけ?」
クリスが訊ねると、ケンが答えた。
「ナジャップ半島の中央部だな」
「ナジャップか……」
ナジャップ半島はサイア大陸の東端に位置する半島で、ケラノ半島を覆い隠すように飛び出している。その二つの半島が並んだ様から、ナジャップ半島とケラノ半島はまとめて双子半島と呼称されている。
「ずいぶんと端っこのほうなんだね。もうそうこまでナムゥヌを追い込んでいる、ということなのかな。そうだとしたら、やっぱり任務が終わる日はそう遠くないのかもしれないぞ、ジョシュ」
クリスはそう言ってジョシュの肩を叩く。
「いや、そんなことはないさ。追い込んでいるわけじゃない。奴らはそこかしこに存在するし、片付け終わったと思った場所にもひょっこりと現れたりするからな。まだまだ先は長いよ」
と、ウォルター隊長はせっかくの気休めさえも、あっさりと消し去ってしまう。
「はぁー……ま、わかってたけどね」
諦めたようにジョシュは天井を見上げる。狭い輸送機の天井には、幾本ものパイプが走っている。
「でも、じゃあなんで今回はこんな端っこの現場なんですか? こういう殲滅作戦って端から端までを徐々に順番にローラー作戦で潰していくのが鉄則でしょう? 前回の作戦場所からは離れてますけど……」
そう疑問を口にしたクリスに、ウォルター隊長は軽く頭を掻きながら答える。
「いや、実はなここで大量のナムゥヌが発見されたっていうんだよ」
「大量? それってどれくらいの?」
「約二千」
「……に、せん?」
隊長のその言葉に、クリスは思わず聞き返してしまった。けれども、それは別にその数に腰が引けたからだ、というわけではない。奴らとこちら側との文明力には天と地ほどの差がある。向うの文明の攻撃は、こちら側の鋼鉄のスーツにダメージを与えることは一切できない。たとえ、奴らのその数が一万だとしても、ウォルター部隊の五人だけで壊滅状態に追い込むことができるはずだ。
クリスが驚いたのは、奴らが二千もの数が集まるようなコロニーを形成しているという事実のほうだ。この規模の集団は、おそらくここ最近でも最大のものだろう。これまでに人類側が何千回と侵攻作戦を繰り広げてきたけれども、奴らの大規模なコロニーは、ごく初期のうちに駆逐されているはずだ。そうして散り散りになった個体を端から順番にローラー作戦で潰していっている、というのが今の状況だ。
こんなにも大きなコロニーがこれまでに発見されずに残っていたというのか、それとも逃げ延びたナムゥヌたちが集まって再びこんなにも巨大なコロニーを作り出したのか。前者ならばまだいい、ただの見落としだ。けれども、後者ならばそれは問題だ。奴らは短期間にこれだけの繁殖が可能なのだという証明になる。
その事実に、機内には少し重苦しい空気が漂う。誰かが溺れるような音さえも聞こえてきそうだった。その空気を読んだのか、それとも空気が読めないからなのか、沈黙を破ったのはサムだった。
「まあでも、その二千体を倒せばいいんでしょ? 余裕っすよ」
確かに、彼の言う通り戦力的にはなんの問題もない。逃げ出す個体は厄介だけれども、捕捉さえできれば取り逃がすこともないだろう。今、このタイミングで現れた約二千体のナムゥヌが生息するコロニーに、なにかの意図なんてない。
そう信じてクリスたちも頷く。
『もうすぐ目的地だ。準備しろ』
と、パイロットから機内に伝えられる。それを聞いて、五人は出撃のための準備を行う。慣れたもので、全員が準備を終えるのに三十秒と掛からなかった。
「さあ、行こうか」
全員が射出口に飛び込んだところで、ウォルター隊長は言う。その声に、いつもよりも三割増しほどで緊張感がこもっているのを、全員が感じ取っていた。けれども、誰もそのことは指摘しない。わざわざ指摘して不安を煽る必要性がないからだ。最近では怪我人さえも出なくなった人類側の侵攻部隊だけれども、それでもこれは戦いだ。不測の事態が起きれば、その生き死にに直結するようなことだって在り得るのだ。不安を煽って刹那の判断を鈍らせるような状況を作り出す可能性を残すのは得策ではない。
ウォルター隊長の言葉に、みんなは無言で頷いた。
きっと、問題はない。杞憂のはずだ。いつもの通り、ミッションはすぐに終わるだろう、という暗黙の確認。
そうしてカウントダウンと共に、五人はいつものように輸送機の射出口から勢いよく飛び出した。