エピローグ2
穴の消失によって、サブアース1はようやく平穏を取り戻した。
けれどもそれは少し、遅すぎたのかもしれない。
人類はその数を大きく減らしていた。九十億に迫ろうとしていたその人口は、いまでは一万を切っている、との推測もあった。
さらには、トゥルーアースの人類がこの世界へ先制攻撃を仕掛けたときに、世界中の主要都市に核を落としたことにより、放射能汚染が広がっていた。ヒトが立ち入ることのできない地域は広域に及んでいて、孤立している人たちもいるかもしれない。
「手遅れだった、のかな」
ぽつりと砂のように零れ落ちた加來博士のその言葉は、ほんの少しだけ寂しそうな色だった。
クリスたちを行かせたことを、今でも考える。それは正しかったのだろうか、と。
彼女たちの助力と奮闘によって、穴は消えた。けれども、穴が消えたところで、残った人類が生き延びていく可能性が低いのなら、彼女たちの戦いそのものに意味があったのかどうかさえ、疑ってしまう。
――いや。だからこそ、そうならないように僕たちは生き延びなければならないのだ。
と、博士は小さく首を横に振る。
決めたじゃないか。どんな手を尽くしてでもトゥルーアースを滅ぼす、と。そのためにアンドロイドを利用することに、抵抗はないはずだった。けれども、出会ったアンドロイドは、まるで心を持っているかのように振る舞った。真実を知って絶望し、自死さえも選ぶアンドロイド。
それは、自分たち人類とどう違う?
少なくとも、博士は自殺するアンドロイドなんて、いままでに一度も見たことはなかった。アンドロイドには人間としての記憶があるものの、その根底にはプログラムされたルールがあるからだ。そのルールのひとつが、自らの安全の確保だ。
アンドロイドは、基本的に自分自身を傷つけることなどできないはずなのだ。
当然だろう。自分で自分を傷つけるアンドロイドだなんて、欠陥品もいいところだ。それはただ機体の損傷による不利益を生むだけで、なんの意味もない。
けれども、ウォルターは自らを傷つけた。それどころか機能が停止するまで自らを破壊し続けた。つまり、自ら死を選んだ。
彼はプログラムを超えたのだ。
プログラムを超越するなにか。それは、つまり心なのではないのか。
「せめて彼らがもっと無感情な機械ならば、後腐れなくただの機械として利用してやったのにな」
かつては自暴自棄になった時期もあった。トゥルーアースさえ滅ぼせたのなら、その後はどうなったっていい、と。けれども、このサブアース1にはまだ人類が生き延びていて、そのためにすべてを投げ出した心がある。
ならばやはり、この世界は続いていかなければいけないのだ、人類は生きていかなければいけないのだ、と博士は思う。
ふっと吹いた風に乗って、蝶がひらひらと舞っていた。それは、クリスと共に見たのと同じ種類の蝶、アゲハ蝶だった。
べつに、大それたものじゃなくたっていい。
ただ、初めて蝶々を見た彼女が流した涙は、美しかった。
ならば、その美しかった涙を語り継ぐためだけに生き抜いていくのも悪くはない、と思うのだ。
その蝶を見た博士は、そっと微笑んで右足を一歩前に踏み出した。




