31、残響
穴は消えた。けれども、だからといって敵兵が消えるはずもなく、クリスとジョシュとケンはその場に数千の敵に囲まれたままに取り残された。
『さて。穴はふさがって、加來は向こうに消えた。お前たちはここに取り残されたわけだが……これからどうするつもりだ?』
ミュラーが問いかける。
けれども、こうなることは最初からわかっていた。こうなることを受け入れた上で、クリスたちはトゥルーアースに乗り込むことを決めていたのだから。
サブアース1で出会った人たちの姿がまぶたの裏に焼き付いている。そこに暮らしていた人々はみんな普通の人間で、そんな人々の生活を、生命を脅かしてまで生き延びようとするのはやはりどうあっても間違っているのだ、とクリスは思う。
『どうって、そんなもの決まっているじゃない。私はトゥルーアースを許せない』
横たわるヨナの姿が脳裏に浮かぶ。
暴動に巻き込まれ、身体中から血を流して倒れたヨナ。ミュラーがリモート操作していたスーツによって撃ち抜かれて、胸から血を流しながら倒れたヨナ。
思い出すだけで全身を悪寒が走り抜けるような感覚に囚われる。
『私はこの世界を許せない。貴方たちの選択を許容できない。だから加來博士の言う、この世界の滅亡を支持した』
『そうか。ならば、その目的はもうほとんど成し遂げられている、といえるだろう。加來にはああ言ったが、俺だってバカじゃない。再び平行世界へと至る可能性が低いこともわかっている。つまり、この世界の人類が滅びゆく可能性が高いことをわかっている。だから、お前たちが投降するというのなら、手厚く保護しよう。無駄に殺さなくてもいい命だ。まあ、この世界が滅びるまでのほんの短い間だけかもしれないが』
『そんなの、受け入れるはずがないでしょう。貴方はこの世界の人類が滅びゆく可能性が高いと知ったうえで、それでもなお平行世界を目指すのでしょう? 成功するための可能性は限りなくゼロに近いのかもしれない。けれども、ゼロじゃない。そして、私たちを保護という名目で拘束するのも、そのゼロに限りなく近い可能性を少しでも上げるためなんでしょう?』
ミュラーの目的は、クリスたちの中にある平行世界の情報なのだろう。ここにあるアンドロイド兵たちはこの世界のネットと同期していた。ミュラーが自由に操るために。だから、博士のウイルスによって平行世界の情報は破壊されてしまっている。博士のウイルスに汚染されていないクリスたちは、向こうの情報を持つ唯一の存在だ。
『……ふっ。すべてお見通し、というわけか』
クリスたちを囲むアンドロイド兵たちがかすかに動く気配を見せた。
『当然でしょう』
『だが、どうする? こちら側はこの数だぞ。この数で押し潰せば、お前たちを確保することは可能だ。どうせ捕まるのなら、大人しく捕まったほうがいいだろう?』
『いいえ、私たちは貴方たちに捕えられたりはしない』
そう言って、クリスは右手の人さし指を倒れた一体のスーツに向ける。それと同時に、ジョシュとケンも人差し指をそのスーツに向けた。
さっきまで、加來博士が遠隔操作していたスーツ。
なぜクリスたちがそんな素振りを見せたのかがわからなくて、ミュラーは一瞬押し黙る。二呼吸ほどの空白。けれどもすぐにつっかえていた言葉を押し出す。
『いったいないをするつもりだ?』
そう言ったミュラーの言葉にクリスはそっと微笑んだ。その表情は、当然フルフェイスのメットの中で、誰にも見えない。ただ自分のために浮かべた笑み。
『貴方たちが平行世界にもう一度至るための材料は少ないほうがいい』そのほうが、彼らが滅びゆく可能性は高まる。それを、クリスは望んでいる。『だから、門を破壊する』
平行世界への穴を開いていた門。
穴はもう閉じている。けれども、その門は未だそこにある。それは、平行世界に行くための研究の大きなヒントになり得る遺物だろう。ならば、それは破壊しなければいけない。
その仕掛けを、ジョシュが明かす。
『そのスーツがリモート操作だったのは、博士の身の安全のためじゃない。そのスーツの空洞部分に爆弾を詰め込んだからだ』
『……っ⁉』
スピーカー越しからでも明らかにミュラーが動揺したのがわかる。
『いやあ、アンタがコイツの頭を吹っ飛ばした時には焦ったよ。でも、頭部でよかった。胴体部分だったらここらは即クレーターと化してただろうからな』
だから、クリスたちは必死に博士のスーツを守っていたのだ。すべての手筈が整う前にすべてが吹き飛んでしまうのは、本意ではないから。博士がこの世界に存在する平行世界の情報と技術をすべて消し去り、サブアース1からの兵士たちを帰還させ、すべてをここで葬り去ることによって、ようやくサブアース1に平穏が帰る。
『死ぬ気か?』
『は。死ぬ気か、だって? そもそも、俺たちはアンドロイドだ。アンドロイドは生きているものなのか?』
『…………』
『もちろん、俺たちは自分が生きていると思っていた。そう思わされていたのだろうな。未だにアンドロイドだなんて、自分自身でも半信半疑だよ。作り物である俺たちの生の定義はなんだ? 動けているのなら、生きているのか? 機能が停止すればそれが死か?』
そこまで言って、ジョシュはふっと笑う。
『……なんて、まあ正直そんな話はどうだっていい。そんな小難しい話は哲学者にでも任せておけ。俺は、俺の思考のもと、お前のやり方が気に食わないと判断した。そして、サブアース1の平穏を取り戻すために自らの命を賭してもいいと思ったから、ここに来たんだ』
ジョシュのその言葉に、ケンも小さく、力強く頷いた。
『お前たちのやり方は嫌いだ。間違っている』
ケンは短く、明確に言う。
きっと彼だって、いろいろ考えている。そうして考え抜いた末に出たのが、この言葉で、その言葉の重みを、クリスもジョシュも理解していた。いつだって、口数の少ない彼の言葉は端的だったけれども、端的だったからこそ、その言葉は誰の言葉よりも誠実に聞こえる。
そして、彼の言葉の残響が消えると同時に、クリスたちは博士のスーツに光弾を撃ち込んだ。
『っ‼ ま――』
待て、とミュラーは言いたかったのだろう。けれども、それが音となる前に博士のスーツは閃光を放ち、周囲をあっという間に消し飛ばした。
門はもちろん、それを取り囲むようにして建てられていたこの巨大な研究所でさえも綺麗に跡形もなく消え去ってしまうほどの爆発。
その爆発が起きる直前、クリスたちは博士のスーツが爆発によって膨れ上がるさまをただ見つめていた。爆発はほんの瞬間。けれども、アンドロイドであり、ディープラーニングによって思考スピードを高めていたクリスたちにはそれがひどくゆっくりに見えた。灰色の塊が飛び出し、その奥からは赤い塊が灰色をかき分けるようにして飛び出してくる。自分たちはどうやって死ぬのだろうか。爆発に吹き飛ばされてバラバラになる? それとも膨大な熱エネルギーに焼き殺されるのが先だろうか。それは痛いのか、それとも痛覚は感じないのか。
なんて考えていると、死はとてもゆっくりで、もしかしたらこのまま永遠に死は襲ってこないんじゃないだろうか、という錯覚すら感じ始めてくる。
けれどもまあ、永遠なんてあるはずもなく、光弾を撃ち込んだとほぼ同時にクリスたちは爆発によってその肉体をあっというまに霧散させて、その存在はこの世界から失われた。
――アンドロイドが死ぬのかどうかはわからないけど……うん、けれどもやっぱりこの世界から消えるっていうのはちょっと怖いかも。
と、最期の瞬間、クリスは笑う。
クリスが最後に抱いた思いは、誰に伝わることもなく消え去った。




