2、異世界
その穴は、唐突に現れた。
人口爆発や気候変動により、地球上の資源は枯れ果てようとしていた。そこで人類は新たな資源を地球の外に求めた。まずは宇宙開発のための足掛かりとして月面基地を建設、同時にその月面で新たなエネルギー開発の実験をしていたのだ。ところがそこで、大規模な事故が起きた。核融合炉が暴走し、月の体積の約三分の二を吹き飛ばした。その破片は大量に地球上に降り注ぎ、地球上に降ってこなかった残りの破片は地球の軌道上に散らばった。それらのデブリをすべて回避して宇宙に飛び出す技術力を、人類は持ち合わせてはいなかった。
新たな資源を求めて着手した宇宙開発にも失敗し、そもそも宇宙へ飛び出すこともできなくなってしまった人類に、もはや存続の道は残されていない。
そんな、袋小路に追いやられた人類の前に現れたのが、ひとつの穴だった。
なんの前触れもなく、本当に唐突にそれは現れた。
ドイツのとある山奥で見つかったそれは、人類にとって救いの希望となった。なぜなら、その穴の向こう側は異世界と繋がっていたのだから。
異世界。
そう、それは比喩でもなんでもなく、文字通りの異世界だ。
地球上のありとあらゆる場所とも違う、この地球とは異なる世界がそこには広がっていた。そして、その異世界は奇跡的にこの地球とほとんど同じような環境だった。太陽があり、月がある。海があって植物が生い茂り、動物や鳥もほとんど地球のものと同じものだった。局地的に放射線量が極端に高い地域が複数あったものの、そういった地域を避ければ、防護服や宇宙服のようなものを利用しなくても十分に人が住めるような環境だ。
そんな奇跡のような新天地に、人類は歓喜した。
そこは、まさにニューフロンティアだ。その異世界の資源さえ獲得できるのならば、まだ人類は存続することができる。まだ生き延びることができる。
唯一の懸念事項はその異世界に人類のような知的生命多が存在するのかどうか、だった。もしも、そんな存在があったのならば、その異世界の資源をまるごと人類がいただく、ということは人道上の観点からできないだろう。もちろん、不要な争いは避けたい。その異世界に知的生命体が存在するのならば、上手く交渉をしながら資源を分けてもらえるようにしたい、というのが世界中の国家元首たち、ひいては全人類の思惑だった。
けれども、その懸念事項は悪い意味で的中してしまう。
その異世界を事実上支配する万物の霊長は醜い怪物だった。醜いだけならば、まだいい。けれども、その醜い怪物は狂暴でもあった。
ある日、その怪物と交渉するために遣わされた使節団がその怪物たちによって惨殺されるという事件が起きた。低いレベルではあるものの、文明を持つ彼らとならば、対話による同盟が可能だと思われていた頃の話だ。奴らは使節団を招き入れた施設を、自らの同胞ごと爆破して潰したのだ。それは、奴らが決して人類を受け入れない、ということの意思表示だった。
その事件をきっかけに、世論は決した。
もはや怪物との交渉は不可能だ。奴らを徹底的に叩き、蹂躙し、その異世界は我々人類が支配したほうがいい。むしろ、そのほうが異世界のためである、と。
そんな世論に後押しされて、国連議長は異世界への侵攻を許可。
便宜上、人類の存在するこの地球をトゥルーアース、異世界をサブアース1(ワン)、怪物をナムゥヌと名付け、異世界への侵攻作戦は開始されることとなった。
それから約十年。
サブアース1はもうそのほとんどが人類による支配地となった。資源は潤い、人類は存続を危ぶまれたのが嘘のように隆盛を極めている。
とはいえ、未だこの異世界にはナムゥヌがしぶとく残っている。人類がより安全に、この地へと進出するためにも、ナムゥヌの駆逐は必要不可欠だ。だから、ナムゥヌの存在が確認された地区には部隊が送られる。
クリスたちは、今日もナムゥヌを狩るために出撃する。