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27、滅ぼすための戦い

『ふはははは! さすがのお前たちも、意識していない場所からの狙撃には対処しきれんか!』


 研究所内にミュラーの高笑いが響き渡る。たしかにミュラーの言う通りだった。どんなに自身をアンドロイドだと自覚し、AIのリミットを外しているのだとしても、認識の外からの狙撃となれば、対処のしようもない。ウォルター部隊の面々は動き回っているから、狙撃されるリスクは少なかったものの、ずっとその場から動けなかった博士はどうしても狙撃の格好の的となりやすい。


『大丈夫だ、心配ない』


 けれども、首が無くなっても、博士の声は途絶えず、その手は動きを止めない。


『これは……どういう』明らかに動揺したような声を出したミュラー。けれども、すぐにその真相に気付く。『リモート操作か』


『そういうことだ。なにも、リモートはお前の専売特許というわけではないだろう?』


『ふん、お前も俺と変わらん、ということじゃないか。なんの危険もない安全な場所から、アンドロイドを送り込んできている』


『そのことに関して否定はしない。だが、僕のこれはより確実な方法を取ったまでのことだ。たとえスーツを着たとしても、僕にはどう足掻いたって彼らのようには動けないからね。戦闘においては足手まといにしかならない。事実、こうしてやられてしまっている。もしもこのスーツの中に僕が入っていたのなら、今の時点でゲームオーバーだ。けれども、リモートにして中身を空にしたことによって、頭を撃ち抜かれても、それでもまだこうして作業をすることができている。ならば、僕の作戦は正しかった』


『……なら、作業ができなくなるまで、お前の機体を粉々にしてやるまでのこと』


 そう言ったミュラーの言葉の直後、空中を影が横切った。


 それは、ジョシュが放り投げた敵兵の死体のひとつだった。そのアンドロイドの死体は、最高到達点に届く前の軌道で大きく弾かれた。ミュラーの言葉から、ふたたび狙撃してくると予測して、博士の機体を守ったのだ。


『狙撃は九時の方向からだ!』


 ジョシュのその叫ぶ声とほぼ同時にサムとケンが飛び出す。一度目の狙撃から、おおよその方向を。二度目の狙撃でその正確な位置を計算したのだろう。


『さすがっすね!』


『無駄口は叩かずにとっとと片付けろ』


 そうして、あっというまにサムとケンは狙撃をしていたスーツとの距離を詰める。けれども、あとほんの少しだけ、射程距離には届かない。そして向こうはおそらく、三発目の発射準備を終えている。ケンよりわずかに前に出ていたサムは、前方に見えるスーツのその人差し指が狙撃用ライフルのトリガーに掛けるのが見えた。


『くそっ!』


 飛行の姿勢をなるべく平行にし、狙撃兵から見える自分の姿の面積を最小にする。けれども、このまま狙われたのならば、頭を直接撃ち抜かれて機能停止する。そうさせないために、サムは左手を顔の前に真っ直ぐ伸ばす。


 そして、サムの伸ばしたその右手は次の瞬間にはもう()ぜていた。


 それは敵が正確にスナイプしたことの証だった。サムの頭部を狙った狙撃は、伸ばしたその左手がうまく防いだ。散った銀色の血液がサムとケンの顔を濡らす。


 サムの左手が爆ぜたそのわずかな時間に、敵は射程圏内に入った。サムは右手を伸ばして、そのまま敵兵に攻撃を撃ち込む。


 弾いたのは、その狙撃用ライフル。そして、ケンの攻撃が敵兵の頭と胸を貫いた。敵兵のその損壊したスーツの中には、なにも入っていない。これもリモート兵だったのだろう。


『脅威は排除した』


 ケンがいつものように淡々と報告する。


『オレの左手は吹っ飛んじゃいましたけどね』


『戦闘に支障は?』


『そりゃ、無いわけないですけど、こいつら相手になら丁度いいハンデになるじゃないですか?』


 サムはそう言って笑う。


『痛みは?』


『うーん、よくわかんないっすね。痛いという感覚は確かに在るんだけど、自身をアンドロイドだと知っているからか、ある意味俯瞰的に痛みを捉えているというか……』


『まあ、動けるならそれでいい』


『ひっでえなぁ。ホントにここの職場はブラックだわ』


『うるさい、生死の掛かっている現場でブラックもクソもない』


 そのジョシュとサムの軽妙なやり取りに、クリスはいつかのウォルター部隊の日常を思い出して、思わず笑みを浮かべてしまう。フルフェイスのメットを被っていて、その顔を誰にも見られていないことに、ほんの少しだけ安堵する。


『……お前たちは本当に厄介だな』低く、唸るようにしてミュラーは吐き捨てた。『俺は、この世界を守る。そして、そのためにはどんな手段も厭わない』


 そう言った直後、動きを止めていた周囲のアンドロイド兵たちがまるで、糸の切られたマリオネットのようにその場に崩れ落ちた。


『リセット』


 短く、シンプルな言葉。けれども、ミュラーのその言葉に、クリスの背筋を悪寒が走った。今、この状況でミュラーがリセットするもの、それはなにか。


『リミッター解除』


 そんなもの、決まっている。まだ残っているアンドロイド兵たちの記憶、自我をリセットした。そして、フラットになったそのアンドロイドたちのリミッターを解除した。もはや、それはミュラーの命令を忠実に、最高効率でこなす機械兵器だ。


『リブート』


 その言葉で、崩れていたアンドロイド兵たちが立ち上がった。再起動の準備なのだろう。


『えっと……これはヤバそうっすね』


『サム、ケン、すぐに引け! 博士を守るぞ!』


 ジョシュのその命令に、サムとケンは迷いなく従う。彼らも、明らかにマズい状況だということはわかっている。すぐに、博士を取り囲むようにして、ジョシュ、クリス、サム、ケンは集まる。


 立ち上がったアンドロイド兵たちは、微動だにしない。

 けれども。


『やれ』


 不意に放ったミュラーのその短い言葉に、すべてのアンドロイド兵たちが同時に飛び出した。


『来るぞ!』


 さっきまでとは違う、無駄を排除した効率的で効果的な動きの精密機械。それが数百から数千体。


 博士を守るための戦いは、トゥルーアース(この世界)を滅ぼすための戦いは、ここからが本番だ。

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