26、世界を守るため
先に動き出したのは、トゥルーアースの兵士側だった。人差し指をジョシュたちに向けた数人の兵士たち。その直後、サムとケンがその数人を撃ち抜いた。赤い光はスーツの装甲を難なく貫通する。
当然だろう。そもそも、このスーツはサブアース1侵攻用に作られたものだ。サブアース1の対ナムゥヌ用のスーツ。ナムゥヌとは、ただの人間で、サブアース1には壊滅寸前の文明しか残っていない。つまり、サブアース1の人間たちが使うビンテージの武器さえ凌げれば問題のない作りで、生身の人間さえ殺せてしまえばそれでいい。スーツ同士の戦闘は想定していない。
スーツの最新の武器で攻撃を当てることさえできれば、容易く打ち倒せる。
銀の血液を散らしてくずおれる兵士たち。その背後に控えていた兵士たちは一瞬怯んだものの、すぐに人差し指を伸ばそうとする。
『――遅い』
その一瞬の判断の遅れが致命的だった。その隙に、ジョシュとクリスによって撃ち抜かれる。ディープラーニングによって、自身の身体のもっとも効率的な使い方を学び、思考スピードを高めたウォルター部隊の面々にとって、彼らの動きはあまりに鈍かった。
そこからはなだれ込むようにして、兵士たちが向かってくる。それから互いに攻撃の応酬となった。
けれども、トゥルーアースの兵士たちの攻撃はクリスたちには掠りもしない。
『くそっ、どうなってるんだ!』
『当たらねぇ!』
『速すぎる!』
『とにかく数で押せ! 奴らはトゥルーアースの敵だ! なんとしてもここから出すな!』
そのズレた発言に、クリスは思わず笑ってしまう。
自分たちの目的はこの場所で博士の作業完了までを守りきることで、外に出ることじゃない。敵の攻撃が博士に向けられないように、自分たちに注意を引きつけつつ、戦い続ける。
行き交う光弾をかわしながら、ジョシュ、クリス、サム、ケンは飛び回る。その中心で、加來博士はただ端末に向かっている。その博士に攻撃は届かない。敵の動きはすべて見える。その予備動作から、攻撃を予測する。その攻撃が博士に向かいそうになったのなら、そいつを先に潰す。
そうしてうまく立ち回りながら戦い続ける。
光弾のひとつが、サムの肩をかすめた。
『フゥ! 危なかった!』
『気をつけろよ』
『わかってますって。もう同じヘマは犯しませんよ』
それは、いつものサムの軽口だったけれども、事実でもあった。AIである彼らの思考は、実戦で得た経験によって、同じミスを犯さない。ここでの戦いも、序盤は想定外の相手の行動もあるだろうが、それをやりすごすことができればディープラーニングによって学習する。実戦を重ねれば重ねるほど、戦いは安定していく。
とはいえ、動かすのは自分自身の身体で、その身体が動く範囲内でしか行動はできない。物理の法則を無視して動くことができないのは至極当然のことで、たとえば四方八方から逃げ場のない状態で一斉に同時攻撃されたのならば、回避のしようがない。そう言う状況に追い込まれないように、計算しながら動き続ける。
『絶対にミスはするなよ』
『今さらそんなことしませんって。俺今、人生で一番視界が広がっている感じがするんっすから』
そう言う間にサムは三体の敵を倒している。ジョシュは四体。
『博士、進捗状況は?』
光弾をひとつかわして、クリスが訊ねる。
『ああ……悪くはないが、スムーズに進んでいる、というほどでもない。もう少し時間を稼いでくれ』
時間を稼ぐことに不安はない。相手は未だ自身を人間だと思い込んでいる。戦力的な問題はない。問題は、この送り込まれ続けているアンドロイドたちのリミットを外されること。どれほど上層の人間が指揮をとっているのかはわからないが、クリスたちがリミットを外しているとわかったのならば、このアンドロイド兵たちの持つ人間性を切り離し、完全に戦闘マシンとして襲わせることも可能なのだろう。そうなってしまえば、クリスたちと彼らの性能は同じになる。ならば、数に勝るトゥルーアース側の圧倒的有利となるだろう。
徐々に足元を埋めていくアンドロイド兵たちの死体の山。施設内の広大な敷地の三分の一ほどがアンドロイドの血液の色、銀色に染まっている。けれどもきっと、アンドロイド兵たちには、それは眼球スクリーンによって赤い色に見えているのだろう。
状況は徐々に拮抗しつつある。
出撃してくる敵兵たちのペースは一定で変わらない。それらすべてを一人も欠けることなくクリスたちは倒し続ける。それはまるで単純作業を繰り返す工業用ロボットのようで、自分自身がアンドロイドなのだと余計に強く意識する。
けれども不意に、そのペースが変わった。
敵兵の動きが唐突に止まったのだ。
『……どうした?』
『なにかあったんすかね?』
『とにかく気は抜くなよ』
『博士!』
四人は博士の周囲を取り囲むようにして立つ。その直後、研究所内に声が響いた。
『加來。いったいなにをするつもりだ?』
その声を聞き違えるはずもない。それは、紛れもなく世界国家連合代表、サミュエル・ミュラーのものだった。どこかから、通信を通してここに語りかけてきているのだろう。
『決まっているじゃないか。この世界の希望を閉ざす。この穴を塞ぐんだよ』
『そんなこと、許されるはずがないだろう。考え直せ。この世界を滅ぼしたいのか?』
『ああ、そうさ。お前こそ、この世界を滅ぼさないために他の世界を滅ぼすだなんて、本当に正しいことだと思っているのか?』
『当然だろう。俺たちはこの世界で生まれ育った。なら、この世界をなんとしてでも守りたいと思うのは至極な物の考え方だと思うが? もちろん、他の世界に侵攻するのは苦肉の策だと思うが、俺は俺の守るべきもののためには手段を選ばない。俺の世界を守るためなら、なんだってするさ』
ミュラーがそう言い終えるとほぼ同時に、大きな炸裂音が轟いて、博士の頭が弾けた。
見ると、その首から上に乗っているはずのメットが吹き飛んでいる。デュラハンのように不気味に佇むその影は、あまりに現実味に欠ける光景だった。
『博士!』
クリスの叫び声が響いた。
首を失ったスーツは、それでもそこに立っている。




