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24、異世界への侵攻

 加來(かく)博士の言っていた通り、トゥルーアースへの反撃作戦は、とても作戦とは呼べないような作戦だった。


 クリス、ジョシュ、ケン、サムの四人はアンドロイドだ。つまり、AIが搭載されていて、そのAIによって思考している。AIの思考スピードは当然人間よりも速い。そして、トゥルーアースのアンドロイドたちは自身を人間だと()()()()()()()()()。つまり、その思考スピードにはリミットが掛けられている状態なのだ。人間と同程度の思考スピードにまで落とされている。


 自身をアンドロイドだと認識したクリスたちと、トゥルーアース側の自身を人間だと思い込んでいるアンドロイドたちでは、その思考スピードに差異がある。その差によって、向こうの兵たちを圧倒することが可能である。


 つまり、その思考スピードの差によるアドバンテージを生かして、正面突破を図る、というのが博士の提示した作戦だった。


「いや、でも私たちだって未だに自分がアンドロイドだって実感は湧かないし、思考スピードが普通の人間よりも速いとは思わないんだけど」


 そう言ったクリスに、ジョシュもケンもサムも同時に首肯する。


 自分たちが人間だと思い込まされていたのは、クリスたちも同じで、彼女たちもその思考スピードにはリミットが掛かっている状態だ。


「まあ、そうだね。そうかもしれない。でも、もうキミたちは自分がアンドロイドだと()()()()()。認識しているという事実は非常に大きい。知っているだけで、世界は大きく変わるものだよ。僕が平行世界の存在を認識したことによって、このサブアース1にトゥルーアースが干渉することができるようになったように」


「そういうもの、なのかな」


「そういうものだよ。たとえば」と、博士はすっと右手を出した。「じゃん、けん」


 気が付けば、博士のその手は、チョキを出している。


「え?」


 その手に対して、クリスは握りしめた拳を突き出していた。


「ほらね。こんなふうに、不意に切り出したじゃんけんに対して、キミは勝っている。これは、キミのAIが瞬時に判断して、僕の手に勝つ手を出しているんじゃないのかな」


「それは……たまたまじゃない?」


「じゃん、けん」


 また博士は唐突にじゃんけんをはじめる。


「え、あ……ちょ」


 そうして二人が出したその手は博士がグーでクリスがパー。


「ほらね、またしてもキミの勝ち。僕が手を出す瞬間の些細な仕草、表情から、なにを出すのかをAIが瞬時に判断して、勝てる手を出しているんだよ」


「いや、でもじゃんけんの二連勝くらいなら別に珍しいことでもなんでもないんじゃない?」


「じゃあ、もう一回じゃんけんをしてみるかい?」


「いや、そもそもじゃんけんなんかでわかるようなことなの?」


「ふむ、まあそれもそうか。じゃんけんなら、五連勝くらいならば、偶然起こり得る可能性も無くは無いか……じゃん、けん」


 またしても博士は不意にじゃんけんをはじめる。差し出された博士のその右手はチョキ。対してクリスの出した手はグー。


「これで三連勝。可能性はどんどん高くなっていくよ」


「…………」


 じゃんけんでの三連勝。それは、クリスにとってはとても偶然だとは思えなかった。三回目のじゃんけんの瞬間、たしかに博士の動きがはっきりと見えたのだ。差し出そうとしたその右手の動きがやけに遅く見えた。その拳の緩みの加減で、チョキを出すというのがわかった。


 これはつまり、思考のスピードが高まっているということなのだろうか。


「……わかった。貴方の言葉を信じてみる。でもさあ、これって“慣れ”が必要なんじゃない?」


 事実、クリスが博士の出す手を意識して読むのに、三回を要した。戦場で、実戦で使うのならば、すべてをきちんと意識して行動できなければ、ほんの少しのミスが敗北に直結する。トゥルーアースに対して奇襲を仕掛け、不意を打つつもりならば、今すぐにでも出撃するべきで、その場合、明らかに思考のスピードに慣れるための訓練の時間が足りない。


「大丈夫、すぐに慣れるよ。言っただろう? 認識している、という事実が大きい、と。キミたちはもう自身がアンドロイドだと認識している。リミットはもう外れている。キミたちが互いに組手のひとつやふたつこなしてしまえば、もう普通の人間には追い付けないと思うよ」


「そうかな?」


「そうだよ。AIの学習能力はすごいんだから。ディープラーニングってやつだよ」


「まあ、そう言われれば私たちはもう信じるしかできないんだけど……」


「どうせ、ハナから奇跡頼りの作戦なんだ。これくらいの奇跡は起こしてもらわなきゃ困る」


「なんて無責任な……」


「ははっ、こう見えても僕はマッドサイエンティストでね。人の命なんかに興味はないのさ」


 そう言って微笑む博士の表情は、とても狂気的(マッド)には見えない。そもそも、クリスたちがアンドロイドと知っていて、それでもなお『人の命』と言う。彼は、クリスたちを人として扱っている。かつては人に興味を示さないマッドサイエンティストだったのだとしても、今クリスの目の前に立つ彼は明らかに人道主義者(ヒューマニスト)だ。


 そんな彼に肩入れしたくなてしまうのは、やはり本来アンドロイドが持つはずのない“心”が存在するからなのだろうか。


「……わかったわよ、出撃予定時間まであとどれくらかはわかんないけど、ギリギリまでやってみる」


「いいね、そうこなくっちゃ」


 と、博士は人さし指を立てる。そして少し歪に曲がった笑みを浮かべたその口元を、再び開く。


「今度はこっちの逆襲だ。サブアース1からトゥルーアースへ。異世界への侵攻だ」

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