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19、出会い

 クリスたちがどちらの側に付くことも選べないでいる中で、コロニーの人々は、拠点の移設準備を進めていた。


 予測されるトゥルーアース側の更なる大規模な侵攻に備えるためだった。


 立場がまだ曖昧(あいまい)なクリスたちは拘束されたままコロニーの人々と共に移送されることになっている。


 三回、ノックの音が聞こえて、クリスはベッドから上体を起こした。


「今日の体調はいかがですか?」


 ひとりの男が扉越しにそう問いかける。


「すこぶる好調よ。アンドロイドに好不調があるのかは知らないけれど」


 自虐気味にそう言って苦笑する。


「はは、アンドロイドもジョークを言うんですね。やっぱり僕も貴方に心があるんじゃないかと思っちゃいますよ」


「うるさい、バカにしてる?」


「まさか。貴方たちにはずっと感心しっぱなしですよ」


「研究対象として?」


「ええ、そうですね」


 あっけらかんと、あまりに素直に話すその男に、クリスは自分が不機嫌でいることがバカらしく思えてきてしまう。


「で、ここには何しに来たの?」


「貴方の移送準備です。三時間後にここは破棄されることに決まりました。なので、移動の準備を。ベッドに仰向けになってください」


 クリスはその指示に従う。

 ベッドに横たわると、自動的に手足があっというまにベッドに固定されて拘束される。


「ねえ、こんなことしなくても暴れたりなんてしないけど」


「すみません。どうしても不安だという人たちも一定数いるもんで……」


 まあ、それもそうだろう。そもそも、クリスだって、自由に行動させてもらえないということくらいはわかっていた。ただ言ってみただけだ。


 そうして、クリスが完全に拘束されたことを確認してから、その男は扉を開いて部屋の中に入ってくる。


「どうも。僕が貴方の移送を担当させていただきます……」


「ヨナ?」


「え?」


 男が名乗る前にクリスの口から出た名前、ヨナ。それに、彼は大きく目を見開いた。


「ええ、たしかに僕の名前はヨナですけど……どうしてそれを……?」


「それはこっちのセリフよ。どうして貴方が生きているの?」


 そう言ってからクリスは、ああ、ここは平行世界だった、と思い出す。


 平行世界ならば、トゥルーアースで死んでしまった人が生きている世界だって、あってもおかしくはない。きっと、ここは彼が生き延びている世界なのだ。


 ――いや、でも。


 と、クリスは(いぶか)る。


 自分自身はアンドロイドで、その記憶は造られたもののはずだ。その記憶の中の登場人物が実際にこうやって目の前に現れるということがあるのだろうか。やはり、博士の言葉は偽りで、本当は自分は人間なんじゃないだろうか、と疑心(ぎしん)暗鬼(あんき)(おちい)る。


 けれども、そんな不安も、すぐにどうでもよくなった。目の前には、たとえ夢の中であっても会いたかったヨナがいる。その心が、たとえ本物ではないのだとしても、それでもこうして彼と出会えて嬉しく思う気持ちは、間違いなく本物だ。


 彼は……ヨナは、かつてまだ小さかったころのクリスが泣いていたときに『大丈夫だよ』と声をかけて勇気づけ、そして親友となったあの少年だった。


 彼はとうの昔に亡くなっていたはずだ。だから、この年齢のヨナの姿はクリスもまだ見たことはなかった。けれども、その輪郭に、目鼻立ちに、そしてなによりその仕草の雰囲気に、かつての面影がありありと(にじ)んでいる。


 その面影を、クリスが見逃すはずがなかった。。


「ごめんなさい。貴方はこっちの世界では……私の記憶ではもう亡くなってしまっているの。だから、貴方の姿を見て、驚いてしまって」


「ああ、なるほど。そういうことか」


「でも、どうして私は貴方の顔を知っているの? 私の記憶は造られたもののはずなんでしょう?」


「アンドロイドの記憶の創造には二通りあるって、加來(かく)博士が言ってましたよ」


「二通り?」


「ええ。ストーリーメイカーと呼ばれる職人が完全に一から造る完全創造記憶と、人間が持っている記憶をベースに加工する加工記憶の二種類があるそうです。貴方の記憶は後者の方なんじゃないですかね」


「そう……なんだ」


 タネを明かせば、どうということもないことだった。クリスの記憶のベースとなった人物が、トゥルーアースで彼と出会っていたというだけのこと。けれども、その記憶を持ったアンドロイドのクリスが、ここでこうして彼と出会う確率は果たしてどくらいのものなのだろうか。少なくとも、宝くじに当たる確率よりも低いのではないだろうか。ならば、この出会いはやはり奇跡で。この奇跡を噛み締めるくらいの余韻は抱いてもいいのかもしれない。


「でもまあ、僕のことを知っている人間の記憶をベースとしたものを持っている貴方と僕が出会う確率を思えば、これはなかなか貴重な機会かもしれないですね」


 彼は、クリスの記憶のベースとなった人物に心当たりがあるのだろうか。だとすれば彼は、その記憶の人物のことをどう思っているのだろうか。そして、その人物は彼のことをどう思っていたのだろうか。


 ――私は、失ったと思っていた彼のことを……


「奇跡は、意外とそこかしこに転がっている。ほんの少しの選択の違いでそれが起きるかどうかの差異でしかない。だから、私が平行世界を見つけるのは、その奇跡を発掘するためなんだよ」


「……それは?」


「加來博士の言葉です。彼は、奇跡を求めて平行世界を研究し続けたロマンチストなんですよ。だからこそ、その研究を侵攻に利用されたことに強い憤りを覚えているんです」


 奇跡を求めて平行世界の研究を続ける。それはたしかにロマンティックに見える行為かもしれない。けれどもそれは、裏を返せば、元の世界では起きなかった奇跡を平行世界に求めた、ということではないのだろうか。彼は、トゥルーアースでは得られなかったなにかを求めて平行世界への研究を続けていた、とも読める。


 加來博士は、トゥルーアースでなにを求め、得られなかったのだろうか。


 それがわかれば、博士がトゥルーアースを滅ぼそうとするほどにまで恨んでいる理由がわかるのかもしれない。


「ねえ、もっと博士のことを教えてくれない?」


「博士のことを?」


 ヨナは片眉を上げながら小さく首を傾げる。その仕草までもが記憶の中のかつての彼とまったく同じで、クリスは一瞬息を飲んでしまう。


「……ええ、そう。博士のことを。彼のことをもっと知ることができれば、彼を助ける理由を見つけることができたのならば、私は貴方たちに協力できるかもしれない」


 それに、せっかく出会えたヨナとももっと話がしたい、とクリスは思った。


「なるほど。とはいえ、僕も博士のことはまだあんまりよく知らないんですよね」


「そうなの?」


「ええ。とても優秀で、とてもいい人だ、ということはわかるんですけどね……彼は元々この世界の住人ではなかったですし、あまり自身のことは語りたがらない人なんです」


「そう……」


 知らないのならば仕方がない。博士のことはまた別の機会に調べることにしよう。今はただ、久々にヨナと会話が交わせるるだけでいい。もちろん、かつてヨナと過ごした日々の記憶は偽りのものなのだと知っている。それでも、その偽りの記憶はクリスにとっては唯一のもので、それをもとにヨナと話したいと思うこの気持ちは間違いなく本物なのだ、と信じたい。


 そうしてクリスが大人しくヨナに輸送されようとしたその瞬間、けたたましいアラート音が鳴り響いた。


 その音に、ヨナは明らかに動揺していた。


「どうしたの? この音はなに?」


 クリスが訊ねると、ヨナは視線を揺らしながら答えた。


「接敵の警告です。トゥルーアースからの敵が近付いてきているんですよ。それを知らせるアラートです」


「本当に? じゃあこの音が鳴ったら、これからどうするの?」


「あ、えっと……たしか防衛システムはまだ再起動、再装填されていなかったから……」


 慌てるヨナの声を遮るようにして、部屋のドアが強く叩かれる音がした。


 その音に飛び上がりそうなくらいに驚いたヨナだったけれども、開いた扉の前に立っていた白衣の男の姿を見て、彼は少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。


「おい、早く逃げろ! 地下列車に乗れ!」


 そう言って、男はすぐに駆けていった。きっと、建物内の人々にああして避難の指示を伝えて回っているのだろう。


 その明確な指示を受けて、ヨナの表情からは迷いが消えた。


「よし、行こう」


 と、クリスの拘束を解く。


「……え、私も?」


「当然でしょう。こんなところに貴方を放置なんてできない」


「でも、私は貴方たちに協力するとはまだ決めてない」


「じゃあ、彼らに合流しますか? すべてを知った貴方たちを、彼らが無事に帰すとは思えないですけれど」


「…………」


 たしかにそうだ。クリスたちにはトゥルーアースに無事に帰れるという保証なんてない。


「まあ、どうするかは貴方次第です。彼らと合流するも良し、僕らに協力するも良し、このままどこかに逃げてもいい。好きにしてください」


 そう言い残して、ヨナは部屋から出ていった。


 ――トゥルーアース側に合流するか、サブアース1側と協力するか、このまま逃げ出すか。


 なんて、考えるまでもなかった。

 ここには、この世界には、ヨナがいる。


 たとえ、ヨナと過ごした過去の日々の記憶が造られたものだったのだとしても、それでも彼を護りたい、と思うのだ。再び彼を失うだなんて、そんな苦痛は二度と御免だった。


 クリスはすぐに部屋を飛び出す。ヨナはの背中まだ見えている。


「ヨナ!」


 駆け出したクリスは、叫びながらヨナの手を掴む。


「ヨナ、私は貴方と共に行きたい」


 手を掴まれたヨナは一瞬、大きく目を見開いて驚いたような表情を見せたけれども、すぐに頷く。


「ええ、わかりました。一緒に行きましょう」


 そうしてみせた笑顔が、記憶の中と寸分も狂いなくそのままだったから、クリスも思わず笑ってしまう。


 そうして手を掴みあったまま駆け出した二人は、曲がり角を曲がったところで、加來博士と遭遇した。

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