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14、覚悟

 外の世界を見て、ひとしきり感動した後に、クリスは再び個室に入れられた。簡易ベッドとシンプルな椅子が一脚置かれているだけの部屋で、ドアノブは内側には無い。さすがに自由に施設内を回れるくらいの信頼はまだ勝ち得ていないらしい。


 ――まあ、当然か。


 一日やそこらでこの世界にすんなりと受け入れられるほど、甘くはないだろう。

 部屋を見渡してから、小さくため息を吐いてクリスはベッドに横たわって、目を閉じた。。今日一日だけで、あまりに沢山のことを知った。これから、自分がどうするべきかも含めて、いろいろと考えたい。


 なのに。


「すまないが、話がある」


 そう言って加來(かく)博士がクリスの部屋に入ってきた。ついさっき、外から戻ってきたばかりで、ようやく一息つけると思っていたところだったというのに、いったいなんの用があるというのだろうか。


「ねえ、せめてノックくらいしてくれない? 私が着替えてたりしたらどうするのよ」


「ああ、いやすまないね」


 なんて、まったくすまなさそうに博士は口先だけの謝罪をする。その不誠実な態度に、クリスは小さく顔をしかめる。


「で、話ってなに?」


「実は、キミたちトゥルーアース側の部隊の信号をキャッチした。どうやら、早くも再出撃したらしい。おそらく、キミの所属していた部隊と同一の部隊ようだ」


「……そう」


 正直、想定はしていた。クリスの安否が確認できていないであろう、向こう側としては早急にその状況を確認したいはずだ。ならば、そのために再出撃する、ということは充分に在り得る。問題は、彼らに対してどう接するか、だ。


 ここにいるのはナムゥヌ(怪物)ではなく人間だ。それを攻撃させるわけにはいかない。とはいえ、今回の出撃でも眼球(アイ)スクリーンを装備しているであろう彼らには、どうしたってこの世界の人間は怪物に見えてしまうのだろう。


 そもそも、彼らはこの異世界の真実をどこまで知っているのだろうか。ジョシュやケン、サムはクリス同様下っ端の部隊員だ。なにも知らされていない可能性が高い。けれどもウォルター隊長はどうなのだろう。クリスのようにまったく知らされていないのか、それともすべてを知らされていたのか、一部だけ知らされていたのか。隊長ですらなにも知らされておらず、もっと上層の人間でなければ真実を知らないのか。


「彼らを説得できるかい?」


 博士は白衣のポケットに手を突っ込んだままに言う。


「私が?」


「ああ。こうなることは想定していたが、ここまで早い再出撃は想定外だ。眼球(アイ)スクリーンへの偽装チャフはまだ再装填ができていない。迎撃システムも多少は機能するが、今回の彼らは前回とは違い、警戒しているだろう。そんな相手にはここの古い迎撃システムは通用しないだろう。ならば、僕たちとしては彼らが怪物だと認識しないキミに頼るしかない。言っただろう? 僕たちはキミを利用して向う側へと一矢報いようとしている、ってね。いきなりの出番で悪いが、利用されてくれないか?」


「あのねえ、利用されてくれないか? なんて言われて、はい、いいですよ。なんて素直に言うと思います?」


「さあ、どうさろうね。どうせダメ元さ。もうすでにこの世界の主導権はトゥルーアース側に掌握(しょうあく)されてしまっている。どうあがいたって、敗戦濃厚な戦いだ。なら、どうせキミがここで首を縦に振らなくても結果は変わらない。けれども、キミがもしもこの提案を承諾(しょうだく)してくれるのならば、なにかが変わるのかもしれない。こちらとしてはこの提案になんのデメリットもないのさ」


「…………」


「べつに協力してくれないのなら、協力してくれないでいい。この拠点を放棄して僕たちは逃げるだけさ。ただ、決断は急いでくれ。相手と向き合うにしても、逃げるにしても、準備をする時間は多少なりとも必要だ」


 たしかに、彼の言う通りだ。侵攻部隊と向き合うにしても、逃げるにしても、備えるのならば早いほうがいい。


 ――どうすればいい?


 なんて、考えたのは刹那の瞬間だけだった。


「いいわ。説得してみる」


 彼らにまず自らの無事を知らせたかった。そして、これ以上彼らに“人間”を殺してほくはなかった。これまでに、もうすでにたくさんのナムゥヌ(人間)を殺してきてはいる。今さらこの拠点に住む人たちを手に掛けなかったからといって、それが許されるわけではない。けれども、それでも仲間である彼らに、これ以上の虐殺をして欲しくはなかった。


 だから、クリスは彼らを説得することに決めたのだ。


 さすがに、クリスの姿を見れば、彼らだってなんの警告もなく攻撃する、なんてことはしないだろう。ならば、多少は交渉の余地があるはずだ。


「そうか、よかったよ。なら、説得はキミに任せることにしよう。ナムゥヌの姿は彼らに見せないほうがいいかな?」


「ええ、そうね。なるべく刺激は与えないほうがいいと思う」


「わかったよ、僕たちは身を隠しておくことにしよう」


 とはいえ、彼らに対してなんと言えばいいのだろうか。どんなに言葉を尽くしたとしても、この世界の住人の姿が怪物に見えてしまう彼らに信じてもらえるとは思えない。


 それに彼らを説得できたとして、その先は?


 彼らの攻撃を止めることができたとして、この世界の真実を伝えることができたとして、それでその先はどうする。どう足掻いても戦力的なアドバンテージはトゥルーアース側にある。この世界の文明の残りカスのような技術力と、平行世界の知識を持った博士と、五人の侵攻部隊員。たったそれだけの戦力でどうやってこの現状を切り抜けることができるというのだろう。


 けれども、そんなふうに考えるクリスの耳に大きなアラート音が鳴り響いたのが聞こえた。


「この音はなに?」


「彼らがそろそろここに到着するようだ」


「そう……」


 どうやら、彼らをどう説得するかを考えている時間はないらしい。


「……ま、とにかくやるしかないか」


 そう口に出したのは、覚悟を自分自身に言い聞かせるためだったのかもしれない。

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