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12、この世界をキミに

加來(かく)博士、いま貴方が私に見せた映像が本物である可能性は高いと思います」


「なら、僕の言葉を信じてくれるかい?」


 博士の口元が微かに持ち上がる。けれども、それでもやはりその瞳に光は宿らない。


「……それはもう少し待って。あの映像は本物なのだと信じられても、貴方自身をまだ信じられない」


「ふむ、なるほど。ならば、僕はキミからの信頼を勝ち得るためになにをすればいい?」


「私の質問に答えてください」


「わかった。なるたけ誠実に答えられるように努めるよ」


 そう言って、彼はポケットに突っ込んだ手を出して、後ろ手に組んだ。


「そもそもどうして私はこうして拘束されているんですか? あんな風にこの世界の住人を殺していた部隊員である私は、この世界の人々に恨まれているでしょう? さっきのオザワ……でしたっけ。彼のあの私を見る目の意味がわかった。きっと、彼も私を殺したいほどに恨んでいるんでしょう。それなのに、わたしは未だ生かされて、ここにこうして拘束されている」


「言っただろう? キミを足掛かりに向こうへと一矢報いたいのさ。奴らがこのままこの世界を支配し、奪い尽くして、さらにほかの平行世界へと侵略を広げるのを指を咥えて見ているなんてできない」


「…………」


「キミならば許せるかい? 自分たちのせいで、自分たちの過ちで。地球上の資源は枯渇し、滅びゆく運命を決定付けた。だというのに、生き汚くも足掻(あが)き、その果てに平和だったはずの平行世界を侵略する……べつに、足掻くこと自体は間違いなんかじゃないさ。種の存続のために全力を尽くす。それは至極(しごく)真っ当な生命の在り方だ。けれども、そのために他の地球を侵略するなんて、知的生命体の在り方としてとても野蛮だと思わないかい?


 確かに、かつての人類は自国の領土を広げるために他国へと侵攻した歴史もある。けれども、宇宙へさえ飛び出せるだけの進歩を経てもなお、そんな方法でしか生存を選べないのならば、そんな知的生命体の在り方は間違っている。


 せめて、繋いだ先の平行世界で、頭を下げて資源を分け与えてもらえるように、それでなくても貿易くらいはできるように交渉するくらいの謙虚さ、誇りを持ち合わせていたのならば、救いようもあったかもしれないのに。


 僕はね、そんなこともできずに安易に侵略という選択をした人類の在り方を恥じている。


 そんなバカが万物の霊長として支配するような地球(ほし)ならば、自ら選んだ(あやま)ちに満ちた道を(いさぎよ)く受け止めて、自分たちだけで勝手に滅びゆけばいい」


 そこまで語って、ようやく博士は一息ついた。それから、クリスの目を見た。さっきまでの光の宿っていない目ではなく、鋭い眼光で射抜くような眼。はじめて彼が見せたその眼に、クリスは思わず息を飲んだ。


“自分たちだけで勝手に滅びればいい”


 きっと、これが彼の本心だ。それほどまでに彼はトゥルーアース側の人類を、自分たちの種を嫌悪している。


「私もそんな在り方は間違っていると思う……貴方の言葉が真実ならね」


「そうか。キミがそう思ってくれているのならば、こちらとしては重畳(ちょうじょう)だ」


「どうして?」


「向こう側への反撃だよ。そのためにキミに手伝ってもらいたい。キミを説得するために、こうして僕の話を聞いてもらっているんだよ」


「……私が貴方たち側に寝返るとでも?」


「キミ一人を説き伏せることができないようなら、むこうの世界を脅かすような一撃は与えられないさ」


「まあ、そうかもね」


「で、他にはなにか質問はあるかい?」


 そう訊ねられはしたものの、クリスはもう彼の言葉に嘘は無いだろうとなんとなく感じていた。先程彼が語った言葉と、クリスに向けた眼がそう思わせるには充分な説得力を持っていたからだ。もちろん、それさえも嘘である可能性もあるけれども、それを言い出してしまってはキリがない。それに、あの言葉とあの表情さえも嘘ならば、それに騙されてしまったとしても仕方がない、と諦められる。それほどまでに、彼からは切実なモノを感じられたのだ。


 とはいえ、知りたいことはいくらでもある。


 この世界のことはもちろん、自分たちの世界、トゥルーアースのことでさえ、本当はなにも知らないのかもしれないのだから。


「ここと同じような平行世界はほかにも存在するんですか?」


「もちろん。無数に存在するよ。それこそ()()()ほどにね。僕が観測に成功した平行世界の数だけでも四百九十六ある」


「四百九十六……」


「そう、今ならばキミたち人類は、やろうと思えば四百九十六の平行世界から資源を略奪することが可能だ。おそらく、平行世界からの侵略だなんて、想定している世界は無いだろうからね。不意打ちが可能なんだから、支配も容易い。五つほども平行世界を侵略してしまえば、もはやキミたち人類の地球……確かトゥルーアースと呼んでいたか。ふっ、まったく傲慢(ごうまん)な名前を付ける。とにかく、トゥルーアースに抵抗出来うる平行世界はもうなくなってしまうだろう」


 たしかに、地球五つ分の資源を手にしたのならば、他の平行世界の地球には物資の物量で負けることはないだろう。それは、侵略においては大きなアドバンテージといえる。


「……でも、それでも。どうして貴方はそこまでこっちの平行世界の肩を持つんですか? 私たちの……トゥルーアースの在り方に不満があるのはわかる。貴方の言葉が真実で、私たちの世界がこっちの世界に酷いことをしているのだとしたら、それはとても許し難いことです。けれど、この平行世界への穴を開いたのは貴方なんでしょう? ならトゥルーアース側にとっては英雄とも呼べるほどの功績よ。この真実を隠して大人しく偉い人たちの言うことを聞いていれば、それなりに不自由のない生活を与えられていたんじゃないの? むしろ平行世界侵略によって得られた利益をもらい受けることのできる立場だったんじゃないの?」


「言っただろう? その研究は100%徹頭徹尾(てっとうてつび)完璧に自分のための研究だった、ってね。世界の危機を打開するために、なんて野望や理想があったわけじゃない。けれども、だからこそそれは僕にとって本当に大切なものだったんだ。それを利用されたことに(いきどお)ったのさ。僕は僕の研究を悪用した世界を許さない」


「…………」


 それは、たしかにもっともらしい理由に思えた。科学者にとって、その研究を悪用されることの苦悩はクリスには推し量ることもできないけれども、それでもそれが決して(こころよ)く受け入れられるものではない、ということはわかる。


 ただ、その理由では少し足りないような気もする。きっと、彼は本当のことを言っている。その上で意図的にすべてを明かしてはいないのだろう、とクリスは感じていた。


「他に質問はあるかな?」


 彼がなにを隠しているのか、ということをここで問いかけても、きっとここでは答えないか、うまくはぐらかされてしまうのだろう。ならば、ここで深く追及するのはきっと意味がないことだ。


「いえ。とりあえず、今のところは」


「そうかい。ならば今日はここらで終わるとするか」


 と、そう言って加來博士は不意に、椅子に固定されていたクリスの拘束を解いた。


「……え?」


 彼のその行動の意図をうまく汲み取れずに、クリスは拘束が解かれても椅子に座ったまま立ち上がることができなかった。


「あの、これは……」


「キミを説得することが僕の目的だ。いずれは仲間にするつもりの相手を拘束なんてできないさ。僕はキミを殺したり拷問したりするために拘束していたわけじゃないんだから」


 そう言って、博士は左手をポケットの中に突っ込んで、右手を差し伸べる。


「さあ、この世界をキミに見せてあげよう」


 それはとても魅力的な響きを持った言葉だった。思わず童心に帰って、冒険に出たくなるような甘美な響き。差し出されたその右手は輝いて見えた。


 けれども。


「素敵な誘い文句、ありがとうございます。この世界のことをもっと見てみたいとは思います。でも、貴方も私のことをまだ信用していませんよね?」


「おや、バレたかな」


 博士は小さく微笑む。先程の言葉同様に、この人はなにかを隠している、と感じていたのは正解だった。


 指し伸ばした右手の反対、ポケットに入れていた左手を出す。その手には、小さな機械が握られていた。


「それは?」


「小型のスタンガンさ」


「まったく、油断も隙もないわね」


「念のため、用心のためさ。戦士であるキミに、科学者ある僕が腕っぷしで敵うはずもないからね。拘束を解くと同時に襲われたりなんかしたら、ひとたまりもない」


「ま、それくらいの用心は当然よね」


 とはいえ、それでもリスクを負ってクリスを解放したのだから、説得をしたいという言葉に嘘はないのだろう。ならば、彼の誘いに乗ってみてもいいのかもしれない。


 伸ばされたままの博士のその右手を掴む。


「いいわ。私にこの世界を見せて」


 これから、この世界についての理解を深めていく。自分の世界からも偽りの情報を与えられ、本当の姿を知らなかったクリスにとってそれは、きっと必要なことなのだ。

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