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10、虐殺

 そこに映されていたのは、凄惨(せいさん)なものだった。


 閃光(せんこう)(またた)いて、その後ゆっくりと立ち昇ってくる巨大なキノコ雲。その映像が何度も何度も繰り返される。けれどもそれは、まったく同じものではなかった。遠くから、近くから。真横から、真上から。荒い映像、鮮明な映像。海が見える場所、山が見える場所。それは、ひとつの事象(じしょう)に対して、多くのカメラで多角的に(とら)えられた映像ではなかった。数多(あまた)の都市に落とされた核兵器が炸裂(さくれつ)した瞬間を、それぞれのカメラが捉えた映像だった。


 何度も何度も何度も何度も閃光が炸裂し、キノコ雲が立ち昇る。


 そのすべてが違う映像だった。つまり、それだけの数の核兵器が使われたということを意味するのだろう。そうして何度繰り返されたのかもわからないほどに閃光とキノコ雲の映像が流れ続け、まぶたの裏にさえ閃光とキノコ雲がこびり付いた頃に、タブレットに流れる映像に変化があった。


 閃光やキノコ雲はもう映像内には出なくなった。今はただ延々と瓦礫(がれき)の山が映し出されている。


 ただ、それもすべてが違う瓦礫だった。木材が散乱した瓦礫の山、石材が散乱した瓦礫の山、鉄骨やガラスの散乱した瓦礫の山。さらには、瓦礫なんて一切残らずに巨大なクレーターだけが形成されている場所もいくつもあった。人の生存なんて到底望めないような、荒廃しきった世界。


 これらはすべて違う街の残骸(ざんがい)なのだ。


 このひとつひとつの瓦礫の下に、ひとつひとつのクレーターの下に、かつては多くの人々が暮らしていたはずなのだろう。そしてその人たちはきっと、自分の身になにが起きたのかを理解する間もなく死んでいってしまった。


 けれども、なにも知らない間に死ぬことができたのならば、それはまだ幸福だったのだ、と思わせるような光景が次の映像から始まった。


 老若男女問わずに、多くの人々が簡易ベッドに横たわっている。


 そして、その人たちはほとんどが身体に欠損を抱えていた。片手、片足がない人や、両手、両足がない人。顔に大きな火傷を負った人。きっと、核兵器による攻撃から生き延びた人々なのだろう。身体に巻かれた包帯は赤黒く(にじ)み、とても清潔そうには見えない。ずっと(うな)り声や(うめ)き声が続いていて、時おり大きな絶叫が響く。


 その数多の声の中でも、ずっと小さな声で殺してくれ、殺してくれ、と呟き続けている声が、クリスの耳から離れなかった。


 患者たちを治療していると思われる人々も、右往左往していて、明らかに疲弊(ひへい)している。放射能汚染を防ぐための防護服を身に(まと)っていて、その表情は読み取れないけれども、その全員が(うつむ)いている。


 そんな映像がずっと続いていたのだけれども、気が付けばその映像はいつの間にか微妙に変化をしていた。


 たくさんのベッドに大量の人々が横たわっているのは変わりない。けれども、今の映像に映っている人々は身体に欠損を抱えていない。それに、身体のどこにも包帯が巻かれていない。外傷は負っていないのだろう。


 ならば、この人々はなぜベッドに横たわってるのか。白衣の男の言葉を、クリスは思い出す。


『生き延びた人類に対してさらに追い打ちをかけるために、世界中に細菌兵器をばらまいた』


 きっと、この人たちはなんらかの病原菌に(おか)されて、ここにこうして()せっているのだろう。さっきまでの映像ではベッドの患者たちを診る人がいたけれども、もはやそんな人たちすらもいなくなってしまったようだ。


 大量の核兵器が投下された世界では医療機関が崩壊したであろう、というのは想像に(かた)くなかった。いや、医療機関どころか、金融機関、交通機関、公共機関、国際機関、ありとあらゆるインフラが機能不全に陥っているはずだ。


 ベッドにどれだけの人間が横になっていても、それを診る人さえも病気に倒れてしまているのならば、この人たちは治療を施されているのではなく、ただ死を待っているだけにすぎないということか。


 それはまるで、整然と並べられた棺桶のように見えてくる。


 さっきまでの映像ではずっと聞こえ続けていた患者たちの声は、今ではいっさい聞こえてこない。その静けさが、むしろ強く死を予感させた。その静寂(せいじゃく)が死神を惹きつけているようだ、と。あの唸り声、呻き声は人々が必死に死神に抗っていたものだったのだということがよくわかる。


 その静かな映像が続いた後に、不意に炸裂音が響いた。

 映像は屋外を映し出している。


 崩れかかった高層ビル。その合間を縫うようにして飛び回る小型のジェット機。そのジェット機から逃げ回る人々。けれどもよくよく見てみれば、人々を追う小型ジェット機はジェット機ではなく、ヒトの形をしていた。


 それは、クリスもよく知るモノだった。


 そう、それはクリスたち異世界侵攻部隊の装備品、鋼鉄のスーツを身に纏った侵攻部隊員だ。その侵攻部隊員が躊躇(ちゅうちょ)なく逃げ惑う人々を銃撃し、追い回す。


 成す術もなく虐殺(ぎゃくさつ)されていく人々。

 その光景に、息を飲む。


 これまでの映像にもショックは受けていた。けれどもその映像は、これまでの映像よりもさらに現実感を伴ってクリスの両肩に()し掛かる。自分たちは間違いなくこの世界の人々を虐殺していたのだ、とまざまざと見せつけられている。


 逃げる人だけではなく、逃げることさえも諦めてしまい、その場に隠れる人にさ対しても容赦なく銃口を向ける侵攻部隊員。命乞いをし、泣き崩れる人に向けられた銃口は、無慈悲(むじひ)に火を噴く。


 なぜ、この部隊員はこんなにも心無い行為ができてしまうのか。いや、その理由をクリスはもうすでに聞かされている。


 眼球(アイ)スクリーン。


 そこに映し出される映像を制御されてしまっているのだと、白衣の男は言った。隊員たちは、クリスたちは。偽りの敵を、虚構の標的を与えられ、それを疑いもせずに駆除して回っていたのだ。


 映像には廃ビルの摩天楼(まてんろう)を飛び回る部隊員の映像が再生されている。その隊員に見覚えがあった。その装備とカラーリング。間違いなくクリスの所属するウォルター部隊のものだ。その飛び方のクセでサムだとわかる。


 それは、前回クリスたちが出動したときの映像だった。


 あのとき、飛び回ったのは岩山地帯だったはずだ。そう思っていた。けれども、切り立った岩山の連なった場所だと思っていた場所は、この世界の人類が身を寄せていた廃ビル群だったのだ。


 アイスクリームはその風景さえも偽ってしまえるものなのか、とクリスは目を逸らしたくなる。人類を怪物に見せかけるだけではなく、その景色までもを(いじ)ってしまえるのならば、もはや自分の行動のなにもかもを信用することができない。


 サムが生き残っているであろう人のもとへと飛んでいったのを最後に映像は途絶えた。


 黒くなったタブレットの液晶に、自分の顔が映り込む。その顔の酷さに、クリスは短く目を閉じる。


「これで、僕の言葉を信じてくれるかな?」


 白衣の男はそう訊ねる。


 彼の見せたこの映像が本物だという保証はない。映像なんて、コンピューターグラフィックスを使えば、どんなものだって捏造(ねつぞう)できる。この映像が彼の言葉を信じるための確たる証拠になるかと問われれば、それは確たる証拠だとは言い切れないだろう。


 けれども。


 けれどもその映像をクリスは本物だと確信していた。


 映像の解析に自信があるわけではない。コンピューターグラフィックスについて知見(ちけん)を得ているわけではない。けれども、自らの部隊の隊員の動きは熟知している。彼が最後に見せたその映像は、間違いなく自分たちウォルター部隊なのだ、と理解できた。それも、ほんの数日前の出撃時の映像だ。間違いなく本物の自分たちの姿であるこの映像を、ここまで精巧に合成することは不可能なはずだと思ったのだ。


 きっと、自分たちはこの世界の本当の姿を知らない。真実を知らされていない。


 ただ、それと彼の言葉を信じるかどうかというのはまた別の話だ。目の前の男が嘘をついていないという保証もまた無いのだから。もしかしたら、彼の言葉の中に真実も含まれているのかもしれない。けれども、その真実と同じだけの嘘も混じっている可能性だってある。


 だからクリスは、目の前の男に訊ねる。


「……貴方の名前は?」


 と。もっと彼と対話を重ねて、情報を引き出し、それらを吟味(ぎんみ)して、自らこの世界の真実を見極めるために。


「ああ、そうだったね。そういえば自己紹介がまだだったね。」


 そう言って、白衣の男は小さく髪をかき上げる。まばらな白髪がちらちらと光る。けれども、その顔はあまり老けては見えないものだから、彼の実年齢が読めない。二十代にも見えるけれども、四十代だと言われても違和感はない。


 年齢不詳の男は、髪をかき上げたその手を白衣のポケットに突っ込んで小さく微笑んだ。


「僕の名前は加來(かく)ヨシヤだ。よろしく」

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