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61 綿津見島 18

 スロープになっている薄暗い回廊を抜けると、さんさんと陽の光が降り注ぐ中庭が見えてきた。

 噴水の涼やかな水音と、鳥の鳴き声が心を洗うようだ。全員の目がそちらを向いたが、執事は中庭に沿った回廊を示した。

「この奥が、女王の間となります。」

と言われれば、何となく二列になって、ちらちらと中庭の、たわわに果実を実らせた枝や、花壇に咲き誇る大輪の花を見ながら、行儀よく一行は進んだ。

 足元では綺麗に清掃されているが、歴史ある建物らしい石畳がコツンコツンと鳴る。

 綿津見の≪歴史・伝承≫の中で、女王という言葉が出たのは今回が初めてだ。

 体制が変わったのか、元からなのかはさておき----なぜ、今回公表したのか、鍵だ。

 そう長くもない回廊なのだが、気が早っているせいか、とても長く感じる。

 綿津見行の船から転落し溺死が一名、卒中を起こした高齢者が一名、喧嘩による負傷がもとでの死亡が一名、医師にかかるほどのケガ人が数十名。前回の公式記録は、事故報告をそうまとめている。

その人はここに来た記録はない----朝に誘い出され無理矢理連れ出されたため、別名義で乗船している----が、宮殿前の目撃が最後に、27年前から行方が知れないひとが、確かに()()のだ。

 ----コツン。

 石畳を鳴らす音がふいに耳をついた。当たり前の音。けれど、何か引っかかった。

 コツンコツン。十三名が五月雨のように鳴らす靴音。

 はっと立ち止まったレオニーナにぶつかりそうになった豪商の娘が、

「危ないですわ!」

と文句を言って、動きを止めたレオニーナを追い越していく。

 遠ざかる足音。

「…なんてこと、」

 足音がみんな同じだ。

 履物の形状、年齢、性差、体格…さまざまな要素で同じところを歩いても響きは変わる。なのに、接地して鳴る音----耳に入る音が同じだ。

 聴覚が操作されている? ならば見えているものは本物か?

 ひとの世界ではない、とこの島を述べた少女の言葉を思い返す。

「そんなことは、百も承知でしょう? レオニーナ。」

 ぐ、と拳を作って、小さな独り言を口の端に。

「ひとの世で見つからないのなら、ひとの世の外側をあたる、その時をずっと待っていた。そうでしょう?」

 怖じるな、と目を先に戻した瞬間、目の前にひとが立っていた。

 虹色の髪を塔のように巻き上げた奇抜な髪形で、黒い仮面フルフェイスをつけている。動物の耳・尻尾・角はなかったが、肘までまくり上げた両腕はそれぞれ黒と赤の鱗でびっしりと覆われていた。

 その両の腕が上がり、腕と同色の長い爪が宙を上から下へとひっかくように動いて、紙を裂くように、空間が裂けた。

 裂けめの中に、別の空間が見える。

「…行け、ということ?」

 鱗男は、恭しく腰を折った。


 ----悪夢を見た。

 本拠地(クライノート)で、母と暮らしていた。母が刺繍や楽器を教えてくれて、宮殿でお姫様のように傅かれて日々を過ごす。

 父は年の殆どを海の上で過ごすが、年に数回、絵本やお菓子、人形を土産に帰ってくる。

 宮殿の中だけがすべての世界で、父の船の出航を見送り、帰港を迎える。

穏やかで、美しく整えられている。荒くれた海の男たちは、同じ世界にはいない。潮の匂いが珍しい。

「そろそろお婿さんを考えてもいいわね。」

と、母が言った日だ。

 恐ろしい音が世界を揺らした。飛び出したバルコニーから見た海は真っ黒で、波は次々に海の領域から溢れて街を飲み尽くしていく。

 空は真っ白だった。罅が一面に入っていて、崩れ始める一歩手前だ。

 世「界」が終わる時だ。


 ()が醒めた。

 目の前にはハンモックとソファの中間のようなものがあって、その中で藻掻いている若者と目が合った。

 太陽を浴びた大海原の碧----鏡で見るのと、それは同じ色だ。

 何と言葉を紡いだものかという逡巡は隙になった。背後から鞭がとんで、レオニーナの手首をさらった。後ろに引き倒される。周囲より一段高い場所にいたらしい。傾斜を転がり落ちるかたちになった。

 身の倣いで受け身を取って、行きあたって止まった瞬間に跳ね起きる。

「大事な時に、次から次に侵入者とは、」

 苛立たし気な声が降った。転げてきた位置からこちらを見下ろして、()()が言う。いや、団長の姿をしているが、もっと別のものだ、と直感する。

監視装置(モニター)に妙な雑音(ノイズ)が入る。界落による時空軸が交錯する場合に起こりがちな反応だが…、」

 こういう眼を見たことがある----デューン、と名乗っているあの(もの)

「だが界落ではない。とするなら、だれの干渉か。ここはわたしの領域だというのに、忌々しい。」

 その掌に鞭はない。その代わりに、小さな、銀色の筒のようなものが握られている。ひどく禍々しい気配が背筋を撫で上げた。

「レオニーナさまっ、」

 よく知った声が叫び、横跳びしたレオニーナの足元で何かが爆ぜた。何が起きたか見定めるより、レオニーナは声の方向に走った。小高い丘のようになっている部分を、ぐるりと一周囲むように配置された台座の一つの裏側へ回り込んだ。

「カノンシェル! と、コドウ!?」

 港で待っているはずの二人の、唐突な登場である。

 


 

 

 

 

 

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