60 綿津見島 17
涼しく水しぶきをあげる瀟洒な噴水を臨めるピロティであった。回廊の奥には、彫像が複数置かれているのが見えた。
通路に入ったのは、そんなに差はなかったはずだが、若者の姿は既にない。
「さすが船選びに機動を重視した人だな、」
と、コドウは妙な納得の仕方をしていた。カノンシェルは背後を振り返る。どこからやってきたのか、痕跡はない。
「…とりあえずは、あちら、でしょうか。」
奥を示して、石畳に足を踏み出した。すぐに違和感を覚える。
「音、…石、ではない?」
「ああ、なにかなコレは。」
コドウも足踏みして、音と感触に首をひねった。
見た目は確かに、擦り減った古い石畳だというのに、試しに滑らした靴底はつるりと何にも引っかからず、踵はカツンと硬質な音を立てた。
ふと思いついて、カノンシェルは、低い手すりで隔てられた中庭に向かった。あたかも、回廊から続いているように見えているが、その空間はない。例えるなら、掌を、窓硝子に押し付けているような具合だ。
「…シンラの技術?」
やはり、と半ば予想していたカノンシェルは頷いてもみるが、コドウはただぎょっとしている。そう、知らなければ、急いでいれば、騙せてしまう。
ここは見えているとおりの、典雅なピロティではない。もっと危険などこか、だ。
「----先へ、」
石畳を、石畳ではない音を立てて数歩進み、二人は、どうしたものかと判断に迷った。
向こうから、こちらへ歩いてくる一団がある。戻れるところも隠れるところもない。
こちらが見えているように、あちらも見えているだろうに、速度は変わらない。侵入者とバレていない? それとも余裕か。
回廊いっぱいに広がって歩いてくる人数は、きっかり十人。
よくよく見れば兵士ではない。年齢も階層も、性別もバラバラな----観光客?
「こ、こんにちは?」
こちらを避けることもなく進んでくるから、身をかわしながら声をかけてみたが、応えはない。そもそも、視線が向かない。目は開いているけれど。
「----ナーディノどの?」
コドウがそばを通り過ぎた男に声をかけた。裕福な商家の主人、といった風情だ。
「ナーディノどのではありませんか?」
歩みは止まらない。
「お知り合い?」
「うちと同じ通りに店を構えている、中堅どころの商店の先代だよ。十年くらい前に亡くなっている…そうか、やはりそうなんだね。」
得心した、と頷いたコドウは、自分たちに一瞥も残さず遠ざかっていく一団の背に首を傾げる。
「商売人らしく、愛想のよい人だったんだが----もしかして、こちらが見えていないとか?」
「それは考えていませんでした。それなら反応がなくても・・・、でも」
この先は行き止まりのはず。どこまで行くのだろう。
「お互いも見てないというか。何ていうのでしょう。あんな風に集団で歩くときって、騎士が訓練して隊列組んでいるのと違って、歩幅も速さも同じにはならないから、話さなくても、互いへ意識は向けてありますよね。それが全然感じられないのに、ああも揃うって----年も性別も体型も、みんな違うのに、実はみんな同じみたいで・・、」
違和感をうまく説明できずに、カノンシェルは口元にきゅっと右手の指を押し付けた。
行進は目前に壁が迫っても止まらない。ぶつかる、と目を見開いたが、彼らは壁がないように壁の中に進んで、見えなくなった。
非常識なとは思うが、では、自分たちはどうやってきたのかと言われれば(だれも問わないが)、互いに目を合わせて首を振るよりなかった。
息を深く吐き出して、恐らく非常識なことが待っているだろう回廊の先にむかって改めて歩き出した。




