57 綿津見島 14
十代の少女にも見える、可愛らしい外見に、隣の若者がそわそわと視線を揺らしている。
成り行きを待つのは不得手だ。
「わたくし、」
名演を見た後だからか、思った以上に甘ったるく喋れて内心拳を固めた。
「皆さまを待たせてしまったようで、恥ずかしいですわ。あちらで舞台を見ていまして…皆様はご覧にならなかったのですか?」
劇場にいたのなら、もう何杯か空けたカップと食べ散らかした皿を前にしていないだろう。
「舞台、ですか?」
案の定、怪訝そうな目が、声の届いたすべて----つまり全員から向けられた。
「ええ、正面のホールから階段を上がって、右手の扉のあちらですわ。わたくし、とっても早くに着いたのですけれど、その扉しか開いていなかったので、今まで舞台を見ていましたの。まさか、みなさんがこちらにお揃いだったとは思わずに。」
「わたしが、」
と、少し背伸びしたような口調で、騎士見習いの少年が言った。
「わたしが来た時には、左の扉しか開いていなかった。わたしがこの部屋に入った最初だ。」
「まあ、では上演中だから扉は閉じてしまったのですね。」
嘘だ。上演中も、たくさんの気配が入ってきていた。
「残念だわ。」
とは、商家の娘----仙桜で五本の指に数えられる豪商ワゼン家の、年齢から推測するに四女。
「わたしは観劇が趣味なのよ。うちは劇場に出資もしているし、桟敷席を年間で買い上げてもいるわ。有望な若手役者の面倒をみてあげることもあってよ?」
大商人の娘らしい口の利き方をする。だれより後ろ盾のあるのだから、場は自分を中心に回るものだ、と疑いのない。
「どんな内容ですの?」
身を乗り出してくるから、かいつまんで一幕を話してやった。
「…まあ、」
ひどくがっかりしたように眉を動かした。
「あなた、仙桜に戻ったら、筋と衣装と演出と、とにかく洗いざらいまとめて、うちに届けなさい。礼はもちろんはずみますから。」
再現上演を目指すらしい。
「綿津見島で上演された演目なんて、大入り間違いなしでしょう!?」
「それは、おそらく、…でも、わたくしは一幕しか見ていませんの。二幕はこれから、」
「なんですって!?」
彼女は慌てて立ち上がった。
「いま、幕間なの!? 早くおっしゃい!」
「わたくしたちはお茶会に参加すべく招かれたのですよね? 劇場には、たくさん人が入っていて----あれは、わたくしたちとは違う経路から出入りしているのではないかと。」
そうでなければ、説明がつかない。
「十三人、だけのお招きでは、皆が収まらなかったとか、ないですかね?」
皆、大人しく従ってはいたが、一つ掛け違えば、暴発するのが群衆というものだ。
「なるほど、敗者復活?」
「福引の、ラッキーチャンスみたいな?」
「…ということは、むしろ、こんなところに籠められているわたしが貧乏くじってことでは!?」
商家の娘は憤然と、食卓を見渡した。
「ちょっと珍しい調合のお茶と悪くないお菓子でしたけれど、うちで用意すればもっと美味しいものが揃いますわ。 こんな、意味のない顔ぶれで、だらだらお茶を飲まされだけなんて!」
陽はもうかなり低い位置から部屋に差し込み始めている。
「船の時間になってしまいます。」
下働きの少女が立ち上がった。
「そろそろ出ないと間に合いません。」
同意する声が上がる一方で、
「まだ館に入って、お茶をサーヴされただけで、何もしていないじゃないか。天下の綿津見島が、大山鳴動して鼠一匹、ではまさかあるまいよ?」
「そうとも。特別に選ばれたんだぞ。船くらい出してくれるさ。」
「そんな説明はなかった。もし船がなければ、溺れ死ぬよりないんだぞ!?」
早めの安い便とギリギリまで滞在する便の組で意見が対立する----そこに、
「お帰りの心配はなく。皆様を間違いなくご家族がお迎えになるとお約束いたします。」
と、計ったように団長、いや執事が現れた。
「お待たせして申し訳ございません。それではご案内いたします。いよいよ、女王のまつりにございます。さあ、こちらへこちらへ。」
そこは扉であったのか。寄木細工の壁としか見えなかったところが、うえに向かってスーッと開いた。
レオニーナには既視感。他の面々は、呆気に取られて物珍しそうな色を湛える。
「---とても、楽しみ。」
おっとりと呟いてみた。
真白く開いたのが、地獄の狼の口だとしても退く選択肢は最初から、ない。




