53 綿津見島 10
ガチリ、と不自然なほど音高く錠前が外れた。
大きなかぎを手に坂を駆け上がってきた二人の、遊伶の民の少年たちは、かぎと錠前を高く掲げた。
それから、二人並んで鉄の門に手をかけた。こちらはその見た目と裏腹に音もたてず、滑らかに押し開かれた。四角く区切られた門の向こうに少年たちは深々とお辞儀をして、タン、とこれまた揃ってジャンプした。
その姿が淡く光り、溶けるように輪郭を崩したと思うと、いかなる手妻か、代わりに白い鳥が二羽、羽ばたいた。舞い上がったそれは、人々の視線をくぎ付けにして、上空を旋回した後、門の上部にまるで飾りのように止まった。
人々が、一連の劇に目を奪われている間に、いつの間にか門の脇に団長が立っていた。
「----本当に気配を感じない。」
胡散臭そうにレオニーナが鼻の上に皺を作り、コドウは自身の腕輪に目を落とす。
この綿津見島が界魔の異能で形作られているのなら、何事も納得はいくのだ。
しかし、界の反応も、調も、まさかの綺も----腕輪は告げない。
それはとても恐ろしいことだ、とコドウは思う。既知のことなら、対策は取れる。
----異花陸の少女は君子危うきに近寄らず、とばかりに早々に退いたが、たぶんそれが正しい。ただの、一介の商人としてのスキルしかない身が立ち向かうには、大きすぎる何か、だ。
しかし、帰ろうとかける言葉は、ない。
門試しをしようと列を作る流れに入っていこうとする、年の離れた幼馴染の名を呼んだ。振り向いた瞳を覗いて言う。
「待っている。」
物心ついた時には、綿津見のとりこだった。この日を越えることが、ただ一つの希い事で、あとはそれまでの時間つぶし…とばかりの恐れしらず。
「間に合わなければ泳いでこい。あなたが戻るまで、船は離れない。」
一緒に行くことも考えたが(万に一つ選ばれるかも知れない)、それよりもずっと自分に合うのは、待つことだ。これまでもそうであったように、気紛れな鳥が、いつでも羽を休めるように、場所を確かにして。
さら、と彼女の髪が海風に流れる。随分久しぶりに、首に手を回して抱き着いてきた。
「任せて、」
と、腕の中で、鮮やかに笑った。
選別はシンプルだった。
入れるか入れない。そして問題外だ。
入れない、は何か透明な膜のようなものがあって進めない。入れるはその逆(今のところ、まだいないが)ということだ。そして、面白いのが問題外だった。
それは大きな黄色の玉をもった恰幅のいい紳士であった。背後には、これまた見事な黒水晶のような玉を手にした婦人が従っていた。仮面があっても、周囲がざわつく著名なふたりだった。紳士は、蒼苑貿易で財を増やしている商人で、夫人は妻ではなく、贔屓にしている歌女(歌姫ともいう)だそうだ。
「白夢歌楼の、」
と、『仙桜』の花街でも最高級の歌宿の名が囁かれる。
----後から思えば、たいへん分かりやすい例、となった。
意気揚々と門に近づいた二人の掌で、石が砕けた。
当人たちも、周囲も、目を瞠ったときには、両肩をぐい、と鳥の爪に掴まれて、その身体は空へと持ち上がっていた。悲鳴を靡かせながら、視界から消えていくのを皆、狐につままれた様に見送った。
「自分のではない石はいけません。」
団長はにこやかに言った。
「そして、二つ繰り上がりました。」
その後、列からこそこそ外れていく者が散見された。
幾何後、戻った鳥二羽は、また門の上で翼を畳んだ。もう飾りではなく、番人としか見えなかった。
運ばれていった彼らが、港に無造作に捨てられ、拾い上げられたことは記しておく。




