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52 綿津見島 9

 空に突き刺さるような尖塔を頂く聖堂(あるいは宮殿)へと続く坂は、大きな錠前が付いた鉄の門扉で閉ざされている。

 門衛が置かれている訳ではないが、乗り越えられる高さではなく、上部には先のとがった柵も取り付けられて侵入を拒んでいる。

 綿津見島で、ただ一箇所立ち入りが制限された区域である。島の頂点に建つ豪奢な建物の一部を垣間見て、もしかすると自分も招かれるのではないかと、期待でそわそわしている。

 豪華さでいうなら、各国の王宮や高位貴族の本邸が規模も含めて勝るであろうが、立ち入りの稀有さで優り、身分の制限がないところで、夢見がちになれるというものだ。

「アーティじゃないものねぇ、」

 身の軽さが身上である手下を思い浮かべ、堅牢な門を仰ぎ見る。一般的な女性よりは高所移動に馴染んでいるが、門を飛び越える身体能力はない。

「崖を登る…?」

 宮殿の裏は、真っすぐに包丁を下ろしたような切り立った崖だ。フリークライミングは無理だ。

「中に入れる人を買収して、ロープを下ろしてもらうとか…どうかしら?」

 意見を求めてコドウを振り向いたが、人波の中に彼の姿はなかった。来いといった訳でもないし、約束した訳でもないから、彼の行動は自由だ。何となく、ずっとついてくるものだと思っていたから、肩透かしだ。

 ----忙しい立場だし、急用が入ったのだろうか。しかし、一言言い置いてもいいのではなかろうか。

 眉間に皺を寄せたレオニーナの肩を後ろから掴もうとするけはいがあった。反射的に払いのけて、武器の持ち込みはできないが代わりはある。簪風の髪飾りを、振り向きざまに引き抜いて、相手に突き付けていた。相手も応戦の気配を察して跳び退った。

「…驚いた、」

 睨み合うこと、数瞬。最初に警戒を解いたのは相手であった。両手を肩の高さで掌をみせて、敵意がないことを示す。

「すまない、人違いをした。」

 同年代の、男だ。レオニーナより、頭一つ高いくらいだから、身長は男性としては小柄な部類か。ただ、よく体を使っている機能的な筋肉の付き方で、かなりの体術と武術の遣い手だ。

 ----お互いに、力量を量りあって。

「女性の身体にいきなり手を触れようとするのは不躾すぎません?」

 ただ、悪意はない。文句は言ってから、簪をもとに戻した。

「すまない。」

 男は繰り返した。

「同じ髪色で、背格好がよく似ていたから。…てっきり。失礼した。」

 貴族という感じではないが、育ちはよさそうだ。

「連れはあなたのような腕の立つタイプではないから、つい手を伸ばした。…いや、おみそれしました。」

「謝られているのではないのですか!?」

「ああ、そうだった! いや、本当に見事な体捌きで!」

 真剣に言っているのは分かる。ただ、女性に面と向かって言うことではない。天然、というのはこれか、とレオニーナは肩から力を抜いた。

「分かりましたわ。許します。」

「ありがたい。おれはどうにも無神経らしくて、もう少し頑張れとよく言われる。」

 困ったように笑う男は、どこか放っておけない雰囲気がある。

「それで、」

 会話が切り上げられなくて、継いでしまう。

「探し人なのですか?」

「ああ、あなたより十くらい下の()()女性で、」

 若い、という言葉に敏感になるのは気にしている証拠、らしい。

世の中的には、もう無条件に若い部類には括られにないし、自分でもそう口にする。だが、しかし、、~よりと付ける再びの無神経さに、頬が引きつってしまう。

「髪色はあなたと同じで、そんな帽子を被っている。ドレスの色も似た感じで。」

「すごい人ですものね。」

 はぐれるのも無理はない。慰めるように言ったが、

「いや、ちょっと喧嘩をして、」

と、言いにくそうに告白した。

「勝手にしろ、と先に来てしまったんだが、追いかけてきたのかと。」

「----年若いお嬢さんを置き去りにした、ですって」

 仮面越しにも分かる眼光の鋭さと、低い声に、男はぎょっと後ずさった

「どのようなご関係かは存じませんけれど、少なくとも一緒に出掛けられるような方を、どんな理由があれど、このような見取らぬ場所で一人にするなど、男の----いいえ、人の振舞いではありませんよ!?」

「ごもっともで…、」

「わたくしに殊勝な態度を取るのではなく、その方へ誠意をお尽くしなさい!」

 しゅんとなった男を今一度睨んでから、

「わたくしと同じ髪色で、帽子とドレスの色が似ている十代のお嬢さん。ですわね? 分かりました。わたくしも気をつけておきますわ。」

 本当に腹が立つが、袖すりあうは多少の縁だ。

「ありがとう。」

「礼はいりません。さあ! 回れ右をなさって。」

「…え、でももうすぐ門が開く…、」

 海皇仕込みの怒声こそ発しなかったが、殺気レベルは上がった。投擲刃(ナイフ)を投げたい、と心底思った。

「屑と呼ばれたくなければ、すぐに探しに行きなさい!」

「レオニーナ!」

 横合いからコドウの声がかかって振り向いた。

「突然いなくなったから焦ったぞ!?」

「それはあなたでしょ!?」

 どうも互いを見失っていただけらしい。とはいえ、ごく短い間なのに、顔色を変えて探してくれたところは()()()相対的に高評価だから、レオニーナはにっこりした。

「人が、多いですものね。」

 そこで、青年を振り返ったのだが、もう姿はなかった。ちゃんと探しに行ったか不安である。そも、一言あって然るべきではないか?

  …()()()()()()男。連れの令嬢は縁を切るべきだと心中で断じた。

「…人、増えすぎじゃないかしら?」

 小柄なレオニーナが押されないように、コドウが囲ってくれるが、圧が増している。

「入門条件が出たからね。これからもっと集まってくる。」

「条件!?」

「さっき、ペリカンの仮面を付けた遊伶の民が賑々しく伝えたろう? 聞かなかったのか?」

「非常識男に説教していたから聞き逃したわ。」

「説教させるほどあなたの興味を引くとは、けしからんな。」

「なにがよ!? 」

 ちょっと見直したところだったのだけれど。

「条件はなに? どうするの?」

「石を手に、門を()()()()()、招待客だそうだよ?」



 







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