50 綿津見島 7
コドウは前の≪綿津見》島浮上時の記憶を辛うじて持っている。とはいえ、まだ幼子であり、うすぼんやりしたものだ。街がとても賑やかであったことと、湾の水平線上に浮かんだ常にない島影への強い違和感である。記憶は早送りされ、鮮明となるのは襁褓にくるまれた赤ん坊が、こちらに手を伸ばして笑う姿だ。
「待っていてくれたね。」
手の中の石を弄びながら、未だ増えても減る気配のない行列の、狂乱といっていいさまを眺めていた。
「手づまりなの。」
少しだけ拗ねたような響きで応えが返ってきた。
「十三人の客に選ばれるまで、大人しく待っていろ、なんて。わたくしが来てあげているというのに、その他の大勢と扱いが一緒ってありえない。」
見た目はおっとりふんわりだが、生まれ育ちの環境もあって、身内に対してはかなりの女王様である。
「選ぶ基準もよく分からんしな。」
「なに? わたくしが選ばれない、とでも?」
眦を吊り上げつつも、コドウが差し出した掌に石は載せられた。
小さめの鶏卵のようなかたちで、水晶のように透明。芯の部分に真昼の太陽に煌めく海のような碧がある。
「…あなたの心が手の中にあると思うと胸が高鳴るね。」
「気持ちの悪い言い回しをしないで。」
厭な顔をして取り戻そうとするのを、まあまあといなして、彼女の手の届かない高い位置に石を掲げて、透かして見る。
手の中に現れる、という仕様も不可解だが、
「すごいな。こんな鮮やかな色味の青玉?は初めだ。」
それなりに高価な宝石に接してきたつもりだが。
「あの鳥籠の仕組みを手に入れたらぼろもうけだな。」
素直な感想は、つもりは誰もが抱くものだ。さっと見渡しただけでも、じっとりと鳥籠を窺う欲と打算の眼差しを、幾つも確認できる。
「毎回、何がしかの流出があるわけだが、」
その一例が「メリーゴーランド」の技術だ。あとは御菓子や建築デザインとか。
「さすがに謎すぎる、というか。」
異質、だ。今回にあたって、だれも近寄らなかった伝説から、派手なまつりと化した近年まで、コドウは手に入る限りの綿津見島の記録に目を通していた。
今回は、前回までと明らかに質が異なる。看板は同じでも、売り物が似ているが違う。つまり経営者が変わった、と商人の感覚では判断する。
童話や冒険譚を期待して読み始めた本が、即物的な大衆小説だった、ともいえる。
「…あの子は大丈夫かしら。」
前者ならば、と連れてはきたが、年齢制限ぽい雰囲気を感じ取って、少しばつが悪そうだった。
「港はとくに変化はないようだから。うちの天幕にいてくれれば。家人にも言い含めてある。」
コドウは、ひっきりなしに響き渡る自分の出した石に不満そうに叫ぶ声に眉を顰めた。
「あの子が臆病で助かったな。やってみたいと言われたらどうなっていたか。」
「----あの子は、慎重…いいえ、我慢強いのよ。」
取り返した石を陽光に透かす。
「出会った頃は、大人と同じことをしたがる、おませな口をきく子だったのに。同じように振る舞いたくて、させてもらえなくて拗ねたり、癇癪を起したりする普通の子だったのよ。」
「大人になったということだろう?」
自然な変化だ、とコドウは思ったが、レオニーナは透かした石の向こうに遠い日々を見ているような横顔をしていた。
『夏海』に預けた判断も、東宮として『凪原』への同行を許したことも、結婚も、『真白き林檎の花の都』行も。
最善だと判断した----けれど、いま思い返すとあの頃の自分たちの拙さが見える。勿論、今でも完璧ではないけれど。
「---大人が悪かったんだよね、きっと。」
ぐ、と石を握り、腰のポーチに無造作にしまう。
日は傾いてきている。
アフタヌーンティーまでで、半刻くらいだろうか。選ばれないという、もしもも(屈辱的だが)予想して、打てる手を考えておこう。
島の頂上、高い尖塔を見上げた。




