47 君待つと 2
建前上は療養であるから、扉の前に常に衛士が立っている訳ではない。また呼びつけた家族の従順さには自信があるのだろう。四半刻に一度程度、通常の警備ルートに組み入れた形で巡回は行われていた。
しかし晩餐会が始まった後から明らかに間隔は空いている。恐らく、細々呼びつけられているのだろうとカルローグは我が身の経験則で推測し、ご苦労様と思う。
さて。
恐らくそういう事情で途中で見咎められず、ここに着いてしまったティバレスが、扉の前でゆらゆら体を揺らしながら立ちつくすのを、カルローグとカティヌは暫く窺っていた。
「酔って・・・ますよね?」
「ああ----いや、どちらかというと、」
麻薬の常習者のようだ。
周囲は静寂を保っている。しかし主役を探さないはずもなく、早晩騒ぎは起きるだろう。
カルローグは決断した。
「ティバレスどの、」
声をかけたが、案の定、反応はない。
背後に近寄り、右肩に手をかけた。帯剣もしていないし、武芸の心得もないだろうと踏んでの行動だ。
子どものような無防備さでティバレスは振り向いた。眼帯はしていない。
声が出そうになるのを、奥歯でかみ殺して、カルローグは何でもない顔を向けた。
「こちらで少しお休みになりますか? お疲れのようです。」
とめどなく涙を流し続ける左の瞳。死人の目のようにどろりと濁って、かっと見開いたままの右の瞳。
背後のカティヌが、その異常に口元を抑えて小さく震えている。
昼に会った時は、痩せぎすの普通の男性だったが、今の彼は言い伝えの、墓場から起き上がって歩き回る屍にしか見えなかった。
虚ろな表情とうらはらな豪奢な衣装が滑稽で----背筋が冷たくなる。
「ティバレスどの、しっかりなさい!」
腐臭はしない。握った右手首に指を這わせた。脈はある。
ということは、これは病の症状か?
「どこか痛むのですか? 薬などは?」
う、とも、お、ともつかぬ呻きが、ひきつった口の端から押し出された。
涙を流し続ける瞳がわずかに動いて、カルローグを捉えたようだった。
「…薬はもう…いらない。」
「しかし、この様は・・・、」
「薬はもう飲まなくていい、と。もう…ぼくは健康だか、ら。」
いまのいまの薬ではなく、むかしの服薬に関する言葉だった。記憶が混乱しているのか。
健康、とはとても思えない、本人の意志によらず、不規則に揺れている体。
「こんな…ちがう。ぼく…は、こんな…は、」
パタン、と閉ざされていた扉が勢いよく開いた。何かを叫ぶ声を背に飛び出してきたのは、ナナア。大きく目を見開いてティバレスを見た。
涙を落とし続ける目が、くしゃりと歪む。半分の硬直はそのまま、下手くそな操り人形の動きのように身を捩った。必死に、伸びない手を伸ばす。
「ご…ごめん…な、ナ,あ…ナナ、ア…ぼく、は、」
「…ティバレス!!」
ナナアは真っすぐに、その胸の中に飛び込んだ。
ぐらり、とよろめく男をしっかりと支えて、背に手を回す。
「わたしのあなた…!!」




