44 綿津見島 5
「この鳥籠は、皆様のお察しの通り、ただの鳥籠ではございません。」
仮面越しなのに、明瞭に響く声。声音が甘い。煽動の響きだ、と分析している少女とは裏腹に、隣に立つ女性は、仕掛けられたままに、うっとりと幸せそうだ。
「世にふたつとない、シンセキの鳥籠と申します。」
古聖語だ、と少女を含めて、幾人かが肩を揺らした。
道化師が再び、鳥籠の扉を開け放った。
「さあ、何が起きるか、とくと御覧じろ!」
団長の声に被せて劇的なシンバル音。道化師は鳥籠の中に入った。外からすると持ち手(その鳥籠を手にするには巨人が必要だが)の真下に立つ。またシンバル。扉は閉じられて、道化師は胸の前で腕を組み、目を瞑った。
カノンシェルは生まれが特に格式高い地域で、その後は戦乱、そしてアヴァロンと、堅い場所ばかりを生きてきたから、まったま知らないが、それは遊伶の定番であった。
おもわせぶりな。
どっと群衆が揺れた。
白い鳥籠の籠目に、瞬間、金色が走った。それは道化師の足元から起きて、籠目を伝い、持ち手に上った。
両の掌を重ねたまま、道化師は鳥籠から出てくると、その間に運ばれてきたりんごを詰めて運ぶような高さの箱に上がった。後ろの観客にも見えるように、ということだろう。
「シンセキとは、心を写して石と為す、綿津見に伝えられし神具。この道化は、ピカピカ光る金目のものが大好き。」
然様、というように、膝を曲げて礼を取る。
「なので、ほら、その心を写しまして、」
団長の声に合わせて、おもむろに開いた手の中は、その親指の爪ほどの大きさの黄金の塊があった。
「ちょっと信心が足りませんでしたな。」
がっかり、という仕草で落ち込んでみせる道化師。
そういう手妻か、という空気が漂う。さあさあ、と団長はしらっとした表情をした観客を手招いた。
「どうぞ、お改めを。」
「・・・、重いな。」
「宜しければ、噛んでいただいても構いませんよ?」
観客は、矯めつ眇めつした後、恐る恐る口元に持っていき、
「…本物、だ。」
サクラだ、と白けているのと、目の色を変えたのと。せめぎ合う。
「心の在り方によって、石は変わります。御自分の心を写してみたい方は、どうぞ、どなた様にも挑戦していただけます。」
箱から飛び降りた道化師が、恭しく鳥籠の扉を開けて誘う。
「お一人ずつ、一回のみ。石は勿論お持ち帰りいただいて結構ですとも。」
おおおお、とどよめきが広場を渡った。団長は、まだ告げるべきことがある、と手を上げて、群衆を制御する。
「特に美しい心をみせてくださった、十三名の方は、女王のアフタヌーンティーの席にお招きいたします。さあ、奮って参加されたし---参加されたし!!」
口上の後、どっと半仮面の群衆は鳥籠めがけて殺到した。将棋倒しの危険が生じたが、遊伶の民が素早く動いて、あっという間に八重十重の大行列が鳥籠を中心に形成された。先まであった神秘性はどこかへ行ってしまい、生々しい欲望が立ち込める。
カノンシェルは、人垣の向こう、遠くに僅かに見える鳥籠の持ち手が、色を変化させるのと、歓声と落胆の声が上がるのをやや眺めてから、行列に背を向けた。
すっかり空いてしまったメリーゴーランドに乗ろうかなと思案していると、
「並ばないのですか? こんにちは、シャイデのお嬢さん。」
声がかけられた。
「こんにちは。昨日はありがとうございました。」
この花陸での知り合いはごく僅かだから、悩む必要もない。仮面があっても、愛想のいい表情はよく伝わってくる商人は、自分たちと同じデザインの仮面を付けている。
「彼女は行きましたよ?」
「やはりこちらに来ていたのですね。私、はぐれてしまって。」
「ええ。騒ぎの少し前に、あなたを見つけてはいたのですが、身動きがとれず。」
さあ、と(触れはせず)背に手を添えて、男は少女をエスコートする。
「あなたを頼むとのことです。船着き場に戻りたいのでしょう? 送ります。」
この人の恋路を邪魔してしまったのではなかろうか。慌てて言う。
「一人で戻れます。どうぞ、ご一緒に並ばれてください。」
「随分、前の方にいます。割り込みだと罵られるのも嫌ですし、愛しい人の頼みは聞き届けなくては。頼られるのは、気分がいいものですよ? さあ・・・、」
言葉をとぎらせた。口元に手を当てて微笑む。指の陰で、合わせて、と唇が刻んだ。
「すっかり、出遅れてしまった!」
いかにも残念だとばかりの物言い。
「あの列に今から並んでは、他のところを見て回ることができなくなってしまう。」
「そ、そうですね。」
何事だ、と思いつつ、言葉を返す。
「せっかく綿津見に来たのに行列に並ぶだけでは、もとが取れない。しかし、シンセキというものも体験してみたい! 」
「え、ええ。」
そっと目線を動かして、男の懸念を探す。遊伶の民の多くは、行列誘導にかかわっているが、ぼんやりと立ちつくしていたり、目的は不明だがせかせかと動き回ったり、数名で集まって話し込んだりしている姿も散見される。
ほとんどの訪問者は、列に並び、いわば即興劇の態と為っている鳥籠を眺めているが、カノンシェルたちのように距離をとっている者たちも一定数いる。----彼らは、こちらも捉えてはいないか?
「何か食べて、少ししてから戻ってくるのはどうでしょう?」
「それは良い考えだ。では、まず、メリーゴーランドを堪能してみようか?」
「! まあ!」
演技ではなく目が輝いて、演技ではなくは破顔して。
人生初のメリーゴーランドをレオニーナの求婚者(推定)と楽しんで、カノンシェルは鳥籠の広場を後にした。




