表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/186

43 綿津見島 4

 真昼の青に、鐘の音の余韻が吸い込まれるように溶けて----溶けた青から、ガラス細工を空に透かしたふうに、透明な何かがせり上がってくる。

 鐘、と思ったそれは、よくよく見れば鳥籠であった。

 大人が立って、両手を広げても余りある大きな鳥籠は、()()()()()広場に降りた。

 (くう)に在った時は、空の青が透けるような透明だった籠目に、高度を下げるごとに質量が加わって、純白へと変じる。大きさはともかく、貴族邸宅のベランダに下がっていそうな瀟洒精緻な外観だ。

 呆気にとられて静まり返る広場に、シャーン、と甲高くシンバルが打ち鳴らされた。それを合図に遊伶の民たちが一斉に鳥籠の前に進み出た。鳥籠を中心にして二重(ふたえ)の円を作る。それに伴って、訪問者たちはその外側を取り囲む、三重めの円と為った。仮面(フルフェイス)半仮面(ハーフフェイス)の間に楽団が陣取り、音楽を奏で始めた。

 はじめは微かに、緩やかに。

 何の曲だろう、と耳を傾けた人々が、あぁ、と頷いた時、歌が合わさった。

 深い響きの男声と澄んだ女声の二重奏だ。

 

 【DING DONG

 お月さまのまわりをまわる】


 二重の遊伶の民が互い違いに動き出す。

 群舞。手足や首、腰に下げた鈴がシャンシャランと鳴る。


 【DING DONG

 お日さまのまわりをまわる】


 音楽の速さ(テンポ)が上がっていく。


 【DING DONG

 お月さまには銀の花】


 耳が奪われる。

 

 【DING DONG

 お日さまには黄金の花】


 袖や裾、髪のリボン、長い腰ひも、マントが翻る。

 

 【DING DONG

 誓約の花を掲げて 】

 

 まるで色の渦だ。


 【DING DONG

 幸運の印は額を飾る】


 目が飲み込まれる。


【DING DONG

 鐘が鳴るよ】

 

 広く知られた伝承歌だ。歌えない者はいないだろう。

 それぞれの口の端に歌が乗り、体がリズムを刻む。


 【DING DONG

 馬車が来るよ】


 踊りたくないとか歌いたくないとか、そんな個の意志を押し流して、三重の円が動き始める(まわる)


【DING DONG

 お隣さんと】


 熱気。あるいは狂喜。または恍惚。


 【DING DONG

 輪になって踊る】


 蒼天に、打ちあがった残響を空が吸い込んで、また静寂が広場を覆う。

 遊伶の民は静かに片膝をついて、顔を伏す。あんなに激しく踊ったのに、息を荒げる音はしない。は、と我に返った半仮面(ハーフフェイス)たちは、それぞれの没入度に合わせた呼吸音を立てながら、次幕が始まっていることに気づいて視線を、そちらに向かわせた。

 鳥籠のちょうど扉の前。遊伶の民は赤い絨毯(レッドカーペット)が敷かれているごとく、空間を開けてかしこまっている。

 空っぽの、向こう側の見える鳥籠。

 ----空っぽ、()()()

 閉じたままの扉を、内から押して、鳥籠の中から、ひとが出てきた。

 確かに、だれもいなかった。----のに、まず扉が動いて、開いて、()()()()

 まるで、内に()()、ように。

 目を疑い、ヒ、と引き攣れた空気から悲鳴に変わる直前、シンバルとベルが陽気に打ち鳴らされた。

 鳥籠()()、出てきたのは、何色もの原色を組み合わせたダボダボの派手な衣装、先の尖がった靴を履き、濃い頬紅、瞼を赤と黄色に塗って、上弦の月状の口、丸い赤鼻の、白塗りの仮面をつけた、

「…道化師、」

「道化師、だぞ、」

「・・・、そうか、」

 ()()は奇術なのだ、と()()()()人々の肩から力が抜けていく。

「さすが、綿津見、」

「こんな大掛かりな奇術なんて、見たことがない。」

「仕掛けがまったく分からないわ!」

 動揺は興奮にすり替わった。

 拍手が起きる中、道化師の側には、貴族邸の執事のような身なりの男が()()()()()。こちらは真っ黒な仮面を付けている。

「紳士淑女、御子息御令嬢、ようこそ綿津見の島へ。」

 遊伶の民の団長(興業主)と言った役回りか。朗々と挨拶を述べる。

「9999日ぶりの、我らの興行でございまする。まずは、お楽しみいただけましたか?」

 高くなる拍手と歓声。団長は満足そうに観客を見渡して、ゆったりと一礼した。

「さて、前回の興行に参加されたかたも、もしやおいでになるかも知れませぬが、我らは二度、同じ興業は打ちませぬ。この鳥籠は今回のための特別仕立て。」

 煽るような物言いをして、大げさに両手を広げる。

「まだ、ただ出てきただけ。びっくりしていただくのは、まだまだこれからですぞ!!」


 




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ