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37 問われるもの 2

 調査の集約などで慌ただしく過ぎた数日後,王宮に問い合わせがあった。

「我が家から,小剣を一振りお持ちになったお若い方に届けたいものがある。届け先を教えてほしい。」

 件の先の公爵夫人からだった。

 鬼の首を取ったようなあちらと,蜂の巣をつついたようなこちらと。

 青年から提出されたのは,子ども用の剣だった。鞘も身も特注品らしい良い拵えだが,使い込まれたそれに,鋳直す目的以外で,価値があるとは言えない代物だ。

 財にもならぬから略奪もされず放り出されてのだからとの弁護は,額の如何ではなく,最も令を守るべき人物がそれを蔑ろにするのはといかがなのかという,実に常識的な反論に合った。ただし,それを戦功を嵩にきた増長,国王への不服従,果てには王権の奪取をうかがっているのだという三段論法を展開し,査問会開催を国王にねじ込んだのだ。


 何が簒奪だと,青年を知る者は苦々しく思う。

 権力を欲してくれるのなら,いっそ心配しなくて済むのだ。古びた練習剣一本というあざとい「不祥事」が持ち上がって,まず過ったのは,仕掛けたのが青年本人ではないのかということだった。戦が明けたらもとの稼業に戻る,と言うのを,あちらは高く売りつけるつもりと鼻で笑っていたが、こちらは抜けさせる隙を作らぬように一生懸命,努力していたのだ。

 そういう手もあったか,と呟いていたから,疑心暗鬼だと分かったが,だとすれば何故彼は剣を持ち出したのだろう?

 あちらがいうように,「剣の一本くらい持ち出しても,自分なら問題に問われない」という思い上がりをする人ではないと分かっているから,分からない。分からなかった。

「-----陛下,」

 青年が言葉を発した。

「発言をお許しいただけますでしょうか・」

「許す。」

 一呼吸もなく,王が答えた。視線がぶつかる。どちらも相手を見据える強い瞳だ。

「このたびは俺の浅慮が,このような事態を招いてしまったことを深くお詫び申し上げます。」

 青年が口を開いた。すかさず,あちら方から言葉が飛ぶ。

「王命に従わぬ行為を浅慮の一言で片づけられては困りまするな。」

「左様。契約を破棄すれば,それまでの味方にも平然と斬りかかる傭兵に尊ぶべき価値は分からぬのやも知れませぬが?」

 リトラッドの肩がぴくりと震えた。ふざけんな,と唇が罵倒の言葉を刻んでいる。この場には彼以外にも傭兵出の天旋幹部が幾名もいて,偏見に満ちた言葉に,こちら側に立ち込める空気はさらに険悪になった。 

 追及は続く。

「そもそも,随身を置き去りにして一人で邸宅内に入り,しかも数時間にわたって公爵邸を散策された意図を説明していただきたい。」

 上品に言いまわしたが,何か物色していたのだろう,と言いたいのは明らかだ。

「傭兵の戦場のならい、とか・・・」

「天旋の契約は略奪禁止だ。」

 はっきり怒りに満ちた口調で,遮った。

「そして,一度もそんな事実はない。俺の迂闊は責められるべきだが,『遠海』のために戦った者たちを貶める物言いはやめていただこう。」

 改めて王へ向き直り,口調を改めて続けた。

「ただ待っているのも体が鈍るし,自主的に回りに参りましたが、規律を乱す行為だったと反省しております。なかなか戻ってこれなかったのは。単純に迷っていただけであります。奥方様にお会いしなかったら,捜索隊が組織される面倒をかけるところでした。」

 そういう展開もあったか,と天旋軍一同は納得したが,あちらは軍師が真面目に答えているとはとても思えなかったらしい。

「ふざけないでいただきたい。神の目をお持ちだと讃えられる方が,公爵邸とはいえ迷われるわけがない!」

「・・・あまり自分で言いたくないのですが,その「神の目」の前には「天空の神(フェルアルシル)の愛し子」と付きまして,」

「私が保証する。彼は大工の神(リレザシル)には愛されていない。」

 その言い回しに向こうはきょとんしたが、こちらは得心してしまう。

 国王は咎めるような目で青年を見て深くため息をついた。

「迷うと分かっているのに,どうしてそんな気を起こすのだか。」

「お言葉ですが,陛下。今度は迷わないかも知れないじゃないですか。」

「迷ったのだろう?」

「まあ,----でも試してみないと分かりませんよ。向上心が大事です。」

「・・・それは,どこで発揮するつもりだ?」

 二人の軽口に緩みかけた空気が,再び,いや今日一番凍り付いた。

「ここで,と言ったら,このまま,俺の()は酌量してくれるのでしょうか?()()

「そのようなこと,」

 気色ばんだ()()()からの声に,

「有り得ない。――有ってはいけない。」

 青年が自ら答えを返す。唇の端に皮肉な笑みがひっかかる。それを諦めとも,開き直りとも人々は見た。

「傭兵の身のままで,と言っておきながら,それをできなくしたこの状況は俺の気の緩みの一点に尽きる。面倒をかけないためだったはずなのに,面倒な身()()()()()いる資格を失った。『言い訳』は聞きたくないというのなら,このまま出ていけと言っていただきたい。」

 爆弾発言ではある。()()()()()どよめいた左右の中,真ん中の王はぴくりとも表情を動かさない。

 王がゆっくりと,重い声で言った。

()()結末をどう導くか,それを・・お前に強制する権利は私にも,ない。だが,諦めねばならぬ・・・()()我慢ならない。」

 どうか,と絞り出される声。

「どうか,『言い訳』をしてほしい。」

「陛下,それは情で法を曲げられるということですか!?」

「悪しき前例から御代を始められるおつもりか!?」

 右手から気色ばんだ声が上がる。

「違う!そうではないのだ。()()()()()してくれれば・・・!

「何を言い訳できるとおっしゃられるのか!? ヴォルゼ・ハークどのは国命を無視された! それは本人も認めていることではございませんか! 確かに彼の知略がこたびの外患から【遠海】を救う大きな援けではあったでしょう。長く陣を共にされた陛下が心強く思っておられることも知っております。しかし,故に彼をいま「たかが剣一本」と不問とされれば,不相応に彼を持ち上げる者どもを勢いづかせるだけでございますぞ! その寵愛は陛下の御代を危うくいたします。」

「――正論ですな,サジェム子爵。」

 こいつが怪しい、とこちら側のチェックが入る長口舌にパンパンと手を叩いたのは,シュレザーン元帥だ。

「我らは陛下の寵臣だから彼を擁護しようとしているわけではない。命を犯したことは償わねばならぬ。だが,そなたたちの主張は極端すぎる。ただ一度の過ちで,どうして彼が佞臣となって政を傾けるとそうもきっぱり予見できるのか,この老体には理解できぬ。現実的に考えても,彼を他国に召し抱えられた時のほうが,よほど国を傾ける危険があろう?」

「お言葉ですが元帥,増長した者を重用するは獅子身中の虫を育てることと・・・,」

「国防上,こんなのを野放しにできるか!」

 吠えた元帥に,こちら側は揃って頭を振る。()()()()呼ばわりされた本人は,苦笑いだ。

「身に余るお言葉をありがとうございます。」

「あまっとらん!」

 老軍人は青年をねめつけた。

 元帥麾下の面々なら、即座に白旗を上げたい迫力だ。

「この茶番をどこまで引っ張るつもりか。さっさと()()()せんか!」

 なら、そうしましょう、と即断するくらいなら、ずっと前に明かしていた方が楽にいけただろうに、まだ、あがく。 

 青年にとって大切なのは、既に捨てた自覚の自身ではなく、

「・・・()()俺はものすごく面倒で厄介だと思いませんか? せっかく一から始められるというのに?」

 国王(親友)と、始めたばかりの『遠海(くに)』だ。

「わしら()それでも良いと思っていた。だが,それでは心配だとあちらは言うのだ。どちらにしろ目の上のたん瘤扱いなら,でかい方がよかろう。分かりやすくて。」

 弁護というよりは説得の様相である。ただし,何を説得しているかが分からなくて,あちらは勿論,こちらでも多くの者がぽかんとしている。

「どこにも士官いたしません,と念書出すとか。」

「わしなら後顧の憂いを絶つために,そなたが出国したところで刺客を差し向ける。」

「物騒なお話ですね。」

 青年はさらりと返したが,()()()でも、ぎくりとした色が漂ったことを,レイドリックは見取った。

「まあ,・・・その()()()ご心配なく。」

 想定内だと含んだ笑いがその一同を撫でて,肌を粟立てる。天眼の。誇らしく聞き語った二つ名が,どこか不吉な響きを帯びた気がした。

「偽悪()()でないわ。」

 むっつりと元帥が言う。

「そうまで思い切るなら,既にうまく出奔しておろうが。」

 ですね,と静かに瞼を落として,そして。

「・・・いいのか?」

 独り言のような呟きは,謁見の場で表向きには許されない国王()に向けたもの。素の口調に素の感情をのせて。

「ずっと言っている。()()()()()(),と。」

 その言い回しはどうなんだ,というように眉のあたりが曇ったが,とりあえず説教はあとにすることに決めたらしい。

 青年はおもむろに再び膝をつき,首を垂れた。

「わたしは十三で母を亡くし,【遠海】を離れ【東ラジェ】に移りました。父は,すべてを置いていくのなら,とわたしが自由に生きることを認めました。・・・えーと,父が薄情だったのではなく,はじめは普通にアヴァロンに,と。ただ,・・・それではおそらく,早々に不慮の事故に遭う結果が,たやすく予想がつきましたので。」

 父・・の下りは,こちらの真ん中あたりで奇妙な反応があったのに,珍しく慌てた口調だった。そしてそれ以上にあちらが慌てた空気を揺らしている。「普通」に「アヴァロン」に,という選択肢は,相当以上の身分か財があるということだ。

「正妃どの腹で上に一人,下に二人だったな。だが,お前を正嫡とすることは十分あり,というか正当な理由のはずだ。そしてお前を守ることこそ神の思し召しに適う行為だ。何故手放す決断になったのかが,まったくわからん。」

 国王は訳知り顔で応じる。しっかり尻尾を掴まれていることに「まあ・・・ありがとう,なんだろうな。」と呟いて。


 そして。


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