幕間 海皇の系譜
昔、といっても、自分の年齢ほどの昔だ。
シャイデと三花陸を隔てていた《双異翼の柱》が一人の若者によって解放された。
《双異翼の柱》とは、蒼苑海の真ん中にそびえたったシンラの遺跡である。まったく不規則に海を司り、渡海を困難極まれるものとしていた。
神話に拠ると、大海を司るシンラが、「人先ず各個を打ち立てよ」という神託を受けて築いたと謂う。同様の役割を担っていたのが、《幻惑の洞窟》と《紫苑の魔眼鏡》だが、こちらは先に踏破解放されて、三花陸内の交流は通常の域に収まった。
英雄たる若者は、騎士でも貴族でも、ましてや王族でもなく、海賊の一子だった。
大海賊と呼ばれた祖父の、表向き、ただ一人の子だった。専属の守役、十分な学問、アジトの街の宮殿で、傅かれて育った。手下とするために、貧村から買い集められる子どもとは、まったく違う育ちだ。彼らが最低限の衣食住の中、働かされ鞭うたれ、理不尽に晒されるのも知らず、彼は豪華な住居を当たり前に、仕立ての良い服を着て、食事が抜かれるなど考えもせず、ぬくぬくと育った。祖父はどの記録・証言をみても、冷酷無比な人で、子にもとりたてた愛情を示さなかったというが、与えていたものから推察すると十分に庇護を与えていたように感じられる。
南の花陸の、浅黒い肌と濃い金髪の祖父。黒髪と白い肌の父。瞳だけは同じ鮮やかな碧だったそうだ。祖父の妻、子の母がだれであったか知られないが、祖父はもしかするとその子を外に出すつもりであったか、少なくとも跡目を任せるつもりはなかったろう。真綿にくるまれて遊んで良かった人生を切り裂いて飛び出したのは若者だ。海賊になると言い張り、祖父は無視したが、祖父の弟が仕方ないな、と古く小さいが、船を用意した。最初から船長で、護衛を兼ねた航海士数人と、もちろん準備金付きだ。過保護というか、駄々っ子に高価なおもちゃを与えたような。奴隷からたたき上げた者も多い一家の中で、浮くのも敵視も侮蔑も当然で----結果、いくつかの陰謀が仕掛けられて、若者は追われた。
処刑寸前で逃亡したが、父親が暗殺され、その罪を被せられながらも、今度は自分の力で船団を立ち上げた。父親を殺し、自分をはめた相手との戦いに勝った。十年にも満たない期間の、激動の人生だ。
《双異翼の柱》についてのエピソードは、そのひとつに過ぎないのだが。
柱は機能を失い、若者は眠れる海賊皇となった。
----すべては、自分が生まれる前の話である。
いま、自分の目の前で、難しい顔をしている少女も、相当波乱万丈な家庭環境だし、あの時の仲間は、だれもが相当なものだった。だが、自分を含めて、それを悲観的に思い続けてはいない。
待ち続けているとうさまが、ちゃんと再会できるのか、と心配はするが、その人が恐らく自分の存在を知らないことも、考えても仕方がないことだ。




