28 ゆくえを手繰る
「玄関ホールまで引き返して、それから一応セアラたちの部屋も回って、入れ違いかともう一度部屋に戻って…それからここに来ました。」
渡された水を一気に飲み干したパールラティはようやく、人の顔が見えて話ができるようになった。
「いま、よく分からないですけれど、ガレシの方々はバタバタしていて、この館内の人も、シェールを探してくれそうもなくて、…シェールを知りませんか? いったい、どうして、急に見えなくなってしまったのか。こんな建物の、窓もない廊下で、私たち以外の気配もなくて。」
困り果てて、泣くのをようやく堪えている年若い娘を前に、騎士たちが疑惑の目を向けたのは、
「閣下?」
中心に座す、セリダの家人を名乗る青年だ。
「俺は何もしていない。」
平坦な声が応じた。
「『真白き林檎の花の都』への送還は、保養地で断られたからな。緊急でもなかったし、本人の意志を無視して実行したりしない。が、こうなるのなら、やはり実行すべきだったと後悔している。」
くしゃりと髪をかきむしる様にかき回した。表情はいっさい動いていないが、心穏やかではないらしい。
「カルローグは先の指示で動け。可能な限り、跡継ぎ殿の情報を得よ。」
「御意。」
「ネイドグはイシュロアと連絡を取り、ガレシ領----ひいてはオレノの情報の収集を。」
「は。」
「セゼイルはパールラティ嬢との連絡役、補佐を。パールラティ嬢、彼女は具合が悪くて休んでいる。誰も通さず、決して気取られぬようお願いする。」
「は、はい!」
「目立たぬように鳥を飛ばせ。兵団を動かす準備と《妖精の寝台》に先遣隊を派遣させて待機。」
淡々と指示が積み重なっていく。
「あの、シェールになにが、」
「彼女の行方について、俺にきみ以上に語れることは何もない。」
自分には無関係とばかりの言い方だ、と思った。詳しくは知らないか、昔馴染みには違いない。パーラは血相を変えて、青年をみて----固まった。
----このひと、瞳はなにいろだった?
いま、ひとみは何色だ?
何色ものいろ、いやひかりがちらちらと----万華鏡のごとくに揺れ、散って、集まる。
「…ひと…?」
知らず零れた声に、青年はつ、と目を反らした。
「俺が知っているのは、報告されたガレシの出来事だ。いま、俺がすべきは、波乱の相を読み取った以上、対処の策を講ずることだ。」
「シェールの心配はせずにですか!?」
「パールラティ嬢、」
諫めるように声をかけたネイドグを制するように、青年が言葉を重ねる。
「カルローグ、以降オレノに関する事案の一切の権限をお前に与える。あの老伯に通じるかは不明だが、お前が必要と判断するなら、いくらでも俺の威を使うがいい。」
「---お預かりいたします。」
そして投げ渡された印章を恭しく捧げ持って、騎士は拝命した。
「しかし、お一人では行かせられません。ザフィルを供にお連れ下さい。」
進み出たのは、保養地で行動を共にした騎士だ。肩を動かして、了承の意を示した青年は椅子に掛けておいたマントを取り上げた。目を瞠っているパールラティに、今度はふつうの瞳で笑いかけた。
「いま俺は彼女の行方を知らないが、知る努力をしにいってくる。」
少女だけは、だれにも任せられない、と----告げる言葉に、パールラティは口元を抑えた。カティヌの物語に出てきそう、と思った。そう考えると、先のぶっきらぼうも、激情を耐えていたということで、…なかなかクルものがある。パールラティも、カティヌの熱心といえる読者だった。
保護感情か、はたまた忠誠なのかもしれないが、それはそれでおいしい。
形式上のだんなさんはなかなか年上だそうだ。そして『真白き林檎の花の都』で相手を探しているということは、同世代が推奨なのかも知れない。この人もずっと年上だから、差し換えるには、もしかしたら何か難しいことがあるのかも知れない----が。
----この人を好きな人に決めてはだめなの!?
と、まだ二人の関係を知らない、年若い、パールラティの感想である。




