27 こひと云うものは
昨日、保養地での見学が終了して集合して後、彼女はめっきり口数が減った。相対していても、どこか上の空である。それでも、礼を逸しないように振る舞えるのはさすがだった。
レースが袖口と襟元を飾るのが初夏の雰囲気を添える群青色のディドレスで、飲みはしないまま、カップを持ち上げたり下ろしたりしながら、ずっと考えている。社交に勤しみたい者は、中苑、許される立場なら内苑へと次々に向かっていく。カティヌ以下の『真白き林檎の花の都』の面子も、レージ夫人に同行して中苑へと進んでいったが、二人は外苑に留まっている。
外苑に残っているのは、子どもたちとその付き添いがほとんどだった。
はじめは互いの距離を測っていた子どもたちは、顔見知り同士がまずくっつき、その後は男女ともに、既に将来の社交性の高さが約束されたような子たちが主導して、集団の形成が始まった。女の子たちは、幾つかのテーブルと庭園へ、男の子たちは、活動的な一派は走り回ったり球投げのようなことをはじめ、大人し気な子たちはテーブルで各々の本を出して、話し合いか勉強会の様相だ。自分たちの家の御子が、ケガやトラブルを起こさぬよう、付き人たちは位置取りに苦心している。
「----家庭教師をするのなら、きつとこういうのも仕事なんでしょうねえ、」
と、パールラティは近い自分の将来を投影しながら呟いた。
「…あのくらいの子がいてもおかしくは、ない…のよね。」
突然の声に、ぎょっとして見返った。シェールの視線は、彼女の護衛として留まっている一団に向いていた。
平服ではあるが、いかにも騎士といった佇まいに興味を引かれた、物おじしない男の子たちがしきりに話しかけている。年齢は七才から十才くらいか。
彼女はまた黙った。
「好きな人って、どうやって決めるのかしら。」
「!?」
そして沈黙。
「セアラたちは、よくキャーキャー言っているけれど、私もキャーキャー言うようにするといいのかしら?」
胸元を探って、服の上からそれを握りこむ。
「あんな頃は、今ぐらいになったら当たり前にそうなるものだと思っていたのだけれど。」
目が合って、これは言葉を求められている、と感じたパーラが思いついたのは、
「…≪黄金の実の祭≫に参加するのは?」
一般的な言い方をすれば、収穫祭だ。島には一般的な畑はほぼないが、島名たる林檎の木は庭や街路によく植えられており、学問所もこぞって果樹園を設けている。
三日連続の休日になっていて、中日は若者が主役の一日。朝、天院に詣でて祝福を受け、その後は街に繰り出して、思い思いの時を過ごす。祭りがきっかけで距離が縮まったという話はふんだんにあり、恋の実る祭り、と期待を寄せる者も多い。
彼女はとても真面目で、天院は独身者に祝福を授けるのだから、と入学この方、その日は図書館で過ごしていた(ただし説明が難しいから、こっそりと)。
「…それもいいかも知れないわ。そうね、それでいいのかも知れない。」
納得したように、あるいは納得するように言って。
パーラに微笑んだ視線は、また遠くに飛んだ。
「どうやって、好きな人を作ったのだろう。」
先と同じ呟きのようで、何かが違う気もした。
また少女は口を閉ざしてしまったが、そのままであれば、何時ものように相談する、という決断をして、パーラを再び見たのかも知れない。
しかし、ガレシ伯家の衛士と侍従、それからレージの使用人が、それぞれ慌てた様子でやってきて、とにかく客室に下がっているように、と要請していった。棟に戻ると、先に戻ってきたらしいセアラヴィータたちの部屋は何やら姦しさがドア越しにも感じられた。
「何かな?」
「とりあえず、手を洗って着替えてから、事情を聞きに行きましょう。」
二人は同室だ。本来なら召使が出迎えて鍵を開けてくれるのだが、この別棟内もざわざわしていて、外苑から戻ってきた彼女たちと、その後ろをついてきたセリダ(を名乗る)一行に、一人待っていた召使も慌てた様子で鍵を手渡すと、すぐどこかへ行ってしまった。
パールラティが鍵を鍵穴でくるりと回し、かちり、と音がした。
「お待たせ。」
と、振り向いた時、どうしたわけか、少女の姿はなかったのだ。




