25 前兆
会わせておきたい、といった人物に、どうして遠ざけた少女が先に接触しているのか。
大事な客だと分かっている店員が気を利かせたのだろう。ふたりは、中庭の木陰で冷たいお茶を提供されていた。それを運んできたのが、件の人物だったわけだ。
「買い物は済んだかしら。」
「はい。肌診断というものをしてくださって、一番合うというものを一式選んでいただきました。」
「ここのは本当に良いから。使ってみて良ければ、買い込んで帰るのもいいと思うわ。」
不手際に、店主を睨みつけたことはきれいに包み隠して、レオニーナは盆を手に丸卓の傍らに立つ少年を、ここて初めて、見た。
「こんにちは。」
「…こ、こんに、ちは。」
見かけの年齢は、カノンシェルと同じくらい。漆黒の髪と瞳。見分けられる方は、東の花陸の住人に近い肌と顔立ち。
おどおど、とレオニーナを見、そのやや後ろに立つコドウの姿に、安堵の色を刷く。
「心配しなくていい。おれの大事なお客様だ。」
「は、はい。」
「お客様に、茶を運んでくれたのか。偉いな。」
誉められて、ぱっと表情が明るくなった。ぺこり、と頭を下げて、母屋の方へと戻っていく。
「人前に顔を出すのを怖がっているんです。」
「それは、あの、」
「分かりやすかったでしょう? 界人です。あのせいで、引きこもりっきりなんです。」
さらりさらりとコドウは言葉を重ねる。
「彼が同じ界人だから大丈夫行っておいで、と家の者がきっと励ましたんでしょう。ただ、あなたは驚いたことでしょう? 申し訳ない。」
「----吃驚はしましたが、それはどちらかといえば、あれをこちらの薬は留めているということに対してです。」
冷静な言葉が返ってきた。もっと酷いさまを、もう数え切れず目の当たりにしてきた少女には物珍しい姿ということではない。驚嘆は、ああも変異として、正気を保っていることだ。
「ええ、なんとかうまく効いてくれてはいます。ですが、やはり本人はいろいろショックで複雑ですから、どうしても塞いでしまうのですよ。----戻す術はないので。」
「聞いておりました。…そう、ですよね。」
「ええ、残念ながら。」
それは事実だが、コドウが少年をレオニーナに引き合わせたかった理由ではない。
「---帰りましょうか。ちょっと遅くなってしまったけれど、昼食食べて、ね」
「おや、では、おれもご一緒させて、」
「女子向きのカフェなの。嬉しいわ。だれかと行ってみたかったけれど、わたくしのまわりときたら、てんで理解がないから。」
ふふふふ、と満足そうに笑って、少年を振り返った。
「コドウが昼食を御馳走してくれるそうよ? わたくしたちは女子会、あなたたちは男子会ね? コドウがどんなセンスのいい昼食を提供してくれたか、あとで報告なさい。内容によっては、いずれご一緒もある、かも知れないわ」
綿津見島の浮上に際しては、幾つかの前兆があるという(と、伝わっている)。
九十九日前。浮上する位置(海上)に水柱が一昼夜吹き上がる。九日前に、いつの間にか竜の間に貼られている。九時間前に聖塔の屋根の光が灯る。
「言い忘れていました。」
帰り道。再び通りかかった聖塔前は、ごった返していた。衛士が立って規制線も張られていた。
「明日の朝、ということですか。」
三階建てほどの高さの丸い屋根の上で、丸い光の球が弾んでいる。超常でしかない。
「----本当に行かれるのですか?」
感心しない、と少女は、じっと光を見据えている。
「もちろん。とても楽しみよ。」
瞳を輝かせる気持ちが、どうにも理解しがたいと溜息をつく。
「わざわざ危なそうなところに行かなくていい、と思いますけれど。」
「もう、カノンったら、どうしてそう分別を唱えるのかしら。」
「平穏無事が一番だと思います。」
十代半ばの少女の台詞としては堅実がすぎる。面影は被る、というのに。思わず、
「真逆だわ、」
と呟いてしまい、悲壮な顔をさせてしまった。
「 それは…やっぱり面倒なことをしているってことですか!?」
「いえいえ、大丈夫よ? ほら、うちは多かれ少なかれ、同じ傾向だし?」
それを、たいへんと思う派と、いけると考える派は、決して分かり合えない。




