24 商うものたち
「…まあ、いつの間にそんなことに、」
吃驚したように目を瞠った少女は口元を抑えた。
「でも、そう…ですわよね。お二人とも、おとなですもの。ええ、恋愛は自由だと思います。」
そして、物分かりよく頷く。
「お待ちなさいな。」
頭痛をこらえながら、レオニーナは言う。
「そんな事実は断じて・・・と、あなたに言うのも心苦しい感じなんですけれど、ありません。与太話を信じないでください。」
ため息が深い。
「ん~、もしかして、カノンシェル嬢は、彼の身内なのかな?」
「コドウ、」
「そういえば同じ髪色、」
「コドウ。」
おだまりなさい、と、笑顔で、唇が刻んだ。
「本題をどうぞ。」
「----承りました。」
迫力に押されたコドウがこくり、と頷き、こほんと咳ばらいをした。
「輸入の話だ。」
声質が変わった。「調」の店主としてのものなのだろう。
そう、と、レオニーナは呟いた。
「カノン、彼と表に戻って、化粧品とか合いそうなものを好きに選びなさい。わたくしの名で、店員に声をかければ、しっかり相談に乗ってくれるから。それでも、時間があるようなら、近くの茶屋で冷たいものでも飲んでいなさい。アーティ、任せたわ。」
「畏まりました、姫頭----お嬢様。」
「回りくどいわ。」
おとなの決断に従うことに慣れた少女は素直に離席していった。
「まさか、あんな可愛らしいお連れ様だとは思わなかったので。」
彼女は軽く肩を竦めた。
「さらには、シャイデの、綺持ちとは。」
商売柄、狩鈴もどきをどこかに仕込んでいてもおかしくない。
「コドウ、」
「今日はあなたにたくさん名を呼んでいただけて、嬉しいですな。」
悪びれない笑みである。
「あの子に何かさせようとか、考えないことね。わたくしも許さないし、あの男がどう出るか、…ぞっとするわ。」
「おや、やはり身内ですか? 」
手ずから入れた茶を、どうぞと差し出して、男はさらりと言う。
「言わせないで。」
物心ついた頃には知り合いである。求婚云々は横に置いても、陸の人間ではもっとも付き合いが深い。
「我が家も代々この商いを続けて、もうずいぶんになりますので、」
違いはわかる、と言いたいらしい。
「なのに、どうしてわたくしがあの男を、と思うのかしら。」
「さっきも言ったけれど、今までになく気にしているので。単純に、嫉妬ですよ。」
「…気にせざるを得ないというか。」
知らないところにいるならともかく、目の前に留まられれば、野放しにしてはいけないと思うのがふつう----いや、だからといって制御できはしないのだけれど。そして、説明のしようもないのだけれど。
「----それで?」
投げた。
「密、輸入の話をしましょう?」
「ああ、闇マーケットがかなり活発に動いているようで。」
三花陸とシャイデ花陸の間の紫苑海には季節風が吹く。
晩夏から初冬にかけて、海の風はシャイデから三花陸に吹くを。晩冬から初夏にかけては、シャイデに風は向かう。その他の季節はというと、べた凪が基本で局地的な嵐が多発することが多く、好んで渡りたくない時季となる。だから、季節風の時期を狙って、貿易船は花陸間を渡るものだ。コスト的にも安全的面でも。
「迎えの時期に入る貿易船には臨検が入るし、協定に従って各国ともに巡察艇を出す。」
そこで、違法な積み荷を運び入れるには、相当な袖の下か、周到な計画で、熟練の監察官の目を躱さねばならないが…。
そのへんがうまくやれるのなら、時季外に紫苑渡りなどしない。
「命要らずで、拝金の、不託手段のかたまりということね。」
「奴らが海の藻屑になるのはまったく構わないんだけれど。ときに、あなたは、時季外にシャイデに渡ったことがあったね。」
「ええ。どうしても、と頼まれて----。」
というか、賭けに負けて。相手は、現在の『遠海』国王である。
「あの時は、すわ駆け落ちかと焦ったものです。」
真顔で、また妙な一言を差し込んでくる。この男の中の自分は、常に婿がねを探しているように見えているのだろうか。
黙って腕を組んで、半眼で見やると、降参というように両の手を胸の前でひらひらさせた。
仕事はできるし、見映えも悪くないと客観的には思っているが、レオニーナにとっては、やっぱりずっとへんな男カテゴリーだ。
「あなたの船は、三花陸にあまた有る船の中でもとびきり機能がいい。さらに、あの折にあなたが選出した乗組員も、選りすぐりだった。そして、風の子を乗せていた。それでも、たいへんだった、らしいね。」
くるりと巻いてサイドに垂らしている毛先に触れて、レオニーナは微笑んだ。
終わった航海を愚痴るつもりはない。最善をつくすことはできた。船は無事で、乗組員も欠けず、乗客は世「界」を救う第一歩を踏み出せた。
「わたしも若かったわ。」
語るのは、これくらいか。
「誰もが、あなたとあなたの船と乗組員ではない。そんな連中が、蒼苑渡りをするとしたら、どういう手を取る?」
忌々し気に、言を継ぐ。
「違法な蒼苑渡りの船の殆どが、ガレーだ。」
「!」
海皇にもガレー船はある。沿海で運用で、速度重視の商用や小回りを利かせる戦闘用だ。
「借金の片に送り込まれたり、人さらいに合って、船底に繋がれる、奴隷ガレーだ。」
「…いい度胸ね。」
やることリストに書き込むべき項目だ。
「それで、積み荷は何なの?」
違法に違法を重ね、大金を動かして。
「界人、界獣ですよ。」
シャイデといえば、産地だそうですよ、とコドウは、果物や野菜のように言った。
「好事家が大枚を叩いて買い求めるんだそうです。こちらの界人界獣にはない、野性味が魅力的なんだそうで。で、その調教に、」
あえて、嫌な言い回しをするところに、連れて来られる者たちの扱いの酷さが伝わってくる。
「うちの薬と技術が持ち出されてしまいましてね。三花陸の内なら、うちだけでも対応は可能なんですが、なにせ、海の向こうです。調から海皇へ、お願いしたい。」
「回収? それとも破棄?」
「破棄で結構です。長旅をさせたところで、同じ結末ですし。弁明を聞かされても、仕方ありません。」
薄っすらと笑みを刷いているが、のぞみは苛烈な断罪である。
「我らの存在意義を踏みにじった裏切り者に、なんの情けがいるでしょう?」




