22 懸隔
九九九九日に一度、その島は曙光とともに海上に姿を現し、その日没に、緑色の閃光とともに消失する。
≪綿津見島》----小高い中心に、白亜の尖塔を抱くその島の名だ。
レオニーナは、今回、数日後に迫ったその時機に参加しようと船を、仙桜に回した。
「怪しすぎます。」
少女はひきつった顔で言う。
「«シンラの遺跡»ですか? それとも、界魔の仕業ですか? どっちにしても、危ないです!」
少女の中では、シンラも界魔も同程度らしい。無理もない発言だ。
「そんな深刻な場所ではないわ。観光船もたくさん渡るし、きまりを遵守すれば、普通の祭りに参加するのと何も変わらないそうよ。」
「…きまりって、どういうものですか?」
「その時によって示されるものは違うと聞くけれど、武器の持ち込み禁止と、夕の九つの鐘が鳴り終わるまでに、大門をでなければならないのは、不変ね。」
「示すって、だれがです?」
「島の住人からでしょう?」
「…九九九九日・・27年にいっぺん、突然現れる島の住人ですか?」
「今に始まったことではないのよ? 不思議だけれど、不気味とは思っていない。楽しみされている大きなお祭り、ちょっと条件が特殊なだけよ。」
「北の花陸のかたは、皆さん豪胆なのですね?」
眉根を相変わらず寄せたままだ。
「シンラの気紛れも、界魔の掌返しも、私は怖いです。以前大丈夫だから、今度も平気…なんて、とても思えません。」
「ノーデ、というか、沿海州--特に仙桜は、そのへん大らかで、まあ享楽的ではあるわね。珍しいことが大好き。変化がないことは退屈で嫌い。」
くすくす、と彼女は笑う。
「でも、だから、わたくしはライやエヴィの手助けをすることになったのだと思うわ。」
「!」
彼女は縁も所縁もない戦乱に身を投じてくれたのである。
さらりと告げられた動機に、納得すればいいのか、感謝を言うべきなのか、目を瞠って止まってしまった少女の頭を、軽く撫ぜて、そうそう、と話を変えた。
「三花陸は、シャイデと違って界落が一般的ではないの。幾つかの警戒点が認められていて、そこに稀に現れることはあるけれど、界罅、界裂だって、一生のうちに一度も聞かない人も多いわ。」
懸隔にさらに固まってしまった少女に、
「界人も界獣もシャイデでは忌避されるけれど、…特にいま暫くは強まらざるを得ないでしょうけれど、こちらでは、条件を満たせば、界人は我々と同じに暮らせるし、界獣を飼育使役する許可も下りる。」
「…危険はないのですか!?」
口を何度か開閉させた後、絞り出すように少女は言った。
界魔によって、故郷と家族を喪った少女には良き界人も益獣も想像の外だろう。
いま、あの花陸では、それで正しい。だから、三花陸を知る『遠海』王も何もしないのだ。
「それらは人を襲います。」
この「界」の空気に合わないから、「界」落者(獣・物』は、変容する。かたちが変わる痛みに耐えかねて、本能的に、この「界」のものを取り込んで抑えようとする。形は保っても、ふつうの食物を受け付けず飢えるものや自己再生力が欠如したものも、己を満たすために、人を襲う。
「わたくしの船団にも界人はいるし、航海に有益な界獣も乗せているわ。…そうね、あなたも会ったことがあるわ。ほら、『遠海』の城で、あなたと入れ替わって時間を稼いでくれた若者よ。」
「界人を、こっそり城に入れたというのですか?」
なんてことを、という目をした。
「何もなかったでしょう!?」
互いから互いへの、いらっとする気持ち。
「結果論です。何かあったら、いいえ、あなたが界人を連れていたとあの時知られたら、陛下がどれほどの窮地に立たされたか。」
ああ、通じない。
分からないのは、分かっているけれど。
界落の危険に常に晒されている花陸と、物珍しい話を聞くように思う三花陸の、温度差。
少女が界魔を糾弾するのは、少女個人の意思ではない。少女の花陸では、界魔は悪だ。だから、レオニーナもあちらでは界人を詳らかにしなかった。
「わたくしはかつてあなたの花陸で、界落の有様を見たわ。」
いま、ここは、レオニーナの花陸だ。界人と聞いても、出身国の違い程度の認識だ。
「いま、あなたはわたくしの花陸にいる。あなたも、他花陸の有様を見に行きましょう? わたくし達は対等であるべき。」
それこそ、少女が遥かなる距離を越えてきた理由になるかも知れない。
いつか一国を率いる立場になるかも知れない女性として。




