21 誰そ彼は
「と、いうことがありまして。」
同行者の不祥事ということで、『真白き林檎の花の都』一行は与えられた客室で待機するように申し渡された。セリダ一行(騎士を含む)は、ただ居合わせただけだから制限はかけられなかったものの、自粛して茶会から辞した。
全く別の場所にいたエヴィに、当時の状況を説明し終えたところだ。
「戻りながら、ちょっと聞きこんでみたのですが。」
騎士たちの行動は早かった。監視が付く前に、できうる限りに情報を収集してのけていた。
「ナナア・イストですが、イストは養女に入った先のもので、もとは平民です。茶房を営む菓子屋の娘だそうです。」
「店は保養地です。レージが予約したあの茶房とは別ですが、平民といっても富裕な家の子ですね。」
「ティバレスどのは、ここ数年かなり食が細くなっていたようで、柔らかい菓子なら何とか口にできて、栄養価も高いということで、乳母が店に声をかけ、数年間、ほぼ毎日、あの娘が納入にきていたということです。」
病身の、地域では名家の男。毎日の届け物。使用人には任せられない。恐らく、そう長いことはないと思われていた。十代前半の娘。行儀見習いの手前くらいの、箔づけ的に考えていたのかも知れない。
「続きは見えていると思いますが、一応。いつしか二人は恋仲になった。ちょっと年は離れてますが。」
「では、なんであの娘は『真白き林檎の花の都』にいるんだ?」
冬の終わりに編入してきたらしい。
「貴族の養女に入れたということは、婚姻させるつもりだったのでしょう。跡継ぎにする心づもりは、まったくなかったようですが、出来損ない扱いでも、それなりの情は向けていたんじゃないかと。特に養子縁組と前後して亡くなった老伯の夫人はかなり孫を不憫がっていたようですので、伯も了承したのでしょう。子どもができる可能性もないし、平民でも問題はないと。」
「----本人たちが望んだんだよな?」
「それは確からしいです。」
ティバレスは明るくなり、ナナアも嬉しそうだった、と。
ならいい、と唸るように言ったのは、恐らく彼の生まれのせいだろう。
「当時の状況としては、繰り返しますが、ティバレスは跡継ぎ候補としてはまったく員数外で、遠縁から見繕うか、いっそ老伯が若い妾を幾人かとる方がいい、という声もあったようです。」
「そこに、ティバレスを治療するという奇策を持ち込んだのがテダン家です。ティバレスはテダンの別邸に移されました。ナナアは花嫁修業を口実に同行せず、養家に留め置かれたようです。」
「で、年明けに婚約は破棄されて、実家と養家には慰謝料が渡され、娘は『真白き林檎の花の都』に入学することになったと。誠意といえば誠意ですね。」
「よくある、といえばよくある話なんだが。」
左手で頬杖をついて、青年は考え込んでいる。
「あんた、だれよ…か。」
頬杖をついたまま、とんとんと人差し指で頬を叩く。
「身内以上に、このガレシで一番ティバレスに近かった娘がそう断じたわけだ。娘が錯乱しているのなら別だが、道中で見かけた限り、変わった様子もなかった。」
「確かに。」
「いち。あれはティバレス・ガレス本人なのか。本人でないなら、ガレシ伯はどこから連れてきて、わざわざ孫を名乗らせているのか。そして、ティバレスはどうなったのか。に。本人だとすると、病はどうやって癒えたのか。どの医者も匙を投げるほどの死病だ。あの医療団はどこからそんな奇跡の技を得たのか。さん。なぜ婚約は破棄されたのか。本人でないなら簡単で、身バレの防止だ。『真白き林檎の花の都』に入れてしまえば、簡単には戻ってこれない。今回の体験が想定外だっただけの話だ。だが本人なら、相思相愛の娘をどうして捨てた? 健康になって野心がでたか?」
だれも答える材料を持たない。沈黙が部屋を満たす。
「ナナアはどうなっている?」
「ガレシの警備隊が拘束していきました。」
さすがにあの場で、それを回避することは難しかった。
「カルローグ、カティヌ嬢を通じて面会を申し込め。」
不慮の事故が起きかねない。
「畏まりました。」
と、カルローグが立ち上がったとき、部屋の扉が激しく打ち叩かれた。ネイドグが対応に走る。開かれた扉から現れたのは、シェールの学友だった。
「シェール、シェールはここに来ていますか!?」
「いや、あなたと部屋に戻った、だろう?」
事件の一報後、外苑から戻り、角を曲がる後ろ姿を見送った。
「いないんです!」
あちこち探して、そしてここに来たのだろう。汗だくで、けれど青ざめて震えていた。
「同室だから、わたしが鍵を開けたんです。何があったのかな、何だろうねと話をしながら扉を開けて、----それで! 振り返ったら、だれもいなかったんです!!」
悲鳴のように、彼女は叫んだ。
ようやくルート回収。




