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20 小説より奇なり

カティヌ編〈笑〉から、始まります。

「どういうおつもりですの?」

 権高く、その声は響いた。

 着るものを選ぶ深紅のドレス。黒い蔦薔薇の刺繍を施したボレロ。豪奢な金髪には、薔薇モチーフの髪飾りが燦然と輝く。

 ルトゥナは闇落ち系の悪女だったが、彼女は婚約破棄系の悪女だ。

 ----で、この様子からすると、彼女は自分が()()役だと目覚めていないらしい。

「あなたの婚約者は、ワイツ公女カシイラだと思っておりましたが、」

 そして羽根つきの扇がよく似合う。

「わたくしはいつの間にかカシイラではなくなって、その娘がカシイラになったのかしら?」

「そういう、自分が正義みたいな口の利き方がいやなんだ!」

 いや、カシイラが正義だろう。婚約者が出席すらる夜会に、婚約者以外をエスコートするなどあり得ない。

「だいたい、きみが彼女をいじめるから…、」

「いじめる?」

 さすが公女。古さはあっても、貧乏伯爵家のルトゥナには出せない威厳だ。たった一言が重い。

「しらばっくれるな。彼女はきみが怖くて夜会に出席できないというから、ぼくがエスコートすることにしたんだ。」

「まあ、乙女の盾になろうなんて、物語の騎士さまみたいですこと。」

 扇が口元を隠す。細い眉がつい、と上がった。

「あなた、本当に盾になれると思ってらっしゃるの?  矢衾(やぶすま)の間違いではありませんか?」

 婚約者ではない女をエスコートして悪びれない男に突き刺さる視線は、まこと矢が降るごとしだ。

「あ、あの、あたしが悪いんです! 」

 彼の腕にしがみついたまま、小柄な令嬢が口を開いた。

「あたし、どうしてもこの夜会に出なければいけなくて、でも出てはいけません、とカシイラ様がおっしゃるから、」

「何度も申しましたけれど、あなたより身分が上の者同士の会話に許可も得ず、割って入るなどあり得ません。」

「ぼ、ぼくが許可…、」

「どんなお立場で?」

「ぼくは王子だぞ!」

 伝家の宝刀のように胸を張ったが 、

「そうですわね。」

と、カシイラの声は冷え切っている。

「でも、それが婚約者に対するこの非礼と何の関係がありますの?」

 まずい、止めなくてはならない。このままだと第四王子殿下は、婚約破棄をこの場で宣してしまう。その(度重なっていた)非礼に怒ったワイツ公爵家が、あの男と結びついたことが、国を割る内戦への一歩となるのだ。

 しかし、公女も公爵家も、男にとってはただの捨て駒。陰謀の中でカシイラは辱めを受けたうえで惨殺、第四王子とあの娘も、悲惨な末路を辿る。つまり、誰も幸せにはなれない。

「そも、この夜会に出席できるのは伯爵家以上の身分の者。その娘に出る資格がない、と事実を述べたことを、いじめた? とおっしゃられて、婚約者を蔑ろになさるなんて、」

「夜会の件だけではないぞ!? 身分をかさに着て、彼女に嫌がらせをしているだろう!」

「とは?」

「服を汚したり、突飛ばしたり足をかけて転ばせたり、食べられないものを渡したり、いろいろだ!」

「まあ、すごいですわね。」

 棒読みである。

「それで、わたくしは何故そのような真似を?」

「嫉妬に決まっている!」

「まあ、嫉妬。情熱的だわ。」

「ぼくに顧みられないからといって、ぼくを励ましてくれる健気な彼女に対して、」

「顧みないのが問題なのではありませんか?」

 もはや、かわいそうなものを見る目である。

「わたくしは殿下の婚約者ですわ。陛下が決め、うちの父が了承し、議会が認めた。ちなみに、側妾制度はとうに廃止されております。」

「だったらぼくは、」

 ルトゥナにとってはどちらも身分が上のふたりである。彼女のように、一刀両断される可能性もある。いっそ、躓いたふりでグラスの中身をぶちまけるか、テーブルをひっくり返すか…。

「おもしろいことになっている。」

 頭上から、いい声がした。()()()()()()()()()()()()()()。この様子を、上のバルコニーから見ていて、利用できそうだとほくそ笑む。それが本来の男だ。

 男は、手を打ち鳴らした。

「御機嫌よう、カシイラ嬢。」

 公女は男に向き直り、美しい一礼をした。

「さて、我が甥っ子とそちらの娘。場所を変えようじゃないか。」

「え…、」

「ここは楽しむ者が集う場だ。君たちを見て、楽しむことはできるかも知れないが。わたしのい、…つ!?」

 勘が冴え渡った。愛しい人(おかしな台詞)など言わせてたまるものか。よろけたふりで、思い切り足を踏んだから、恨みがましい目をされたが、気持ちは伝わったらしい。

「----諍いに心を痛める人もいる。わたしの顔を立てて、一緒にきてくれるかな?」


 ----また物思いに耽っていたのだが、目の前で突然起きた()()に、現実に引き戻された----いや、()()()吹っ飛んだ。

「え…あ、…! ナナアさん!?」

 ティバレスに掴みかかっていたのは、彼女の生徒、だった。

「あんた、だれよ!?」

 物静かな娘だと思っていたが、いまの彼女は鬼気迫る面持ちだ。

「ティバレス・ガレシ!? 冗談じゃないわ! ()()()()彼なんかじゃない! 彼を、あの人を、どこにやったの!?」





 



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