15 うらのはなし
従者の控えの間といっても、各種ある。
例えば年若い令嬢の付き添いならば、姿を確認できる続きの間が望ましい。御者や人夫などは、厩周辺で荷物の番を交替で兼ねながら過ごす。主に近い雇人(侍女や侍従)は別室を用意されることが多い。
この茶房は、貴族館的な格式の店構えだから、そのあたりも踏襲していて、飲食も提供される。貴族間の訪問とは違うのは、その飲食代が主の支払う席料に予め含まれていることか。
旅程の途中だからアルコールはないが、主人の優雅なティーセットに対してがっつりとした食事が提供されている。目的地に着いた後、主人たちは寛げばいいが、彼らにはやることがごまんとある。満たせるときに腹をいっぱいにしておくのは大切だ。
辛めのソースを塗って、チーズとベーコンを挟んだ黒パン。好きに取れ、とばかりに大皿に山積みになったゆでたジャガイモ(皮付き丸ごと)。野菜の切れ端の塩味のスープ。よく分からない(イノシシ?)肉の煮込み。茶葉を入れたそのまま入れたやかんとジャム。塩みの強いメニューは肉体を使う仕事ならではだ。
素朴だが、量があるし、味も悪くはない----から、思わぬ自由時間に家人たちは賑やかに、口も滑らやかになる。
騎士は、青年と同席はしなかった。あくまでも非常時の護衛だから、目と手が届く位置を確保できればいい。何より、セリダ家の新入りとして認識されている青年だけの方が溶け込める。
「奥様も、まあ、見栄っ張りさね。」
このような高級店を普段使いにしているとは、レージ家は随分羽振りがいいのだな、と誉めてみたところ、苦笑いが返ってきた。
「堅実なセリダのお家の方に言われるとな、」
偽家人だと分かっているが、忠実なセリダの面々は曖昧に微笑んでいる。良い主なのだろう。
「昨年はまあ天候にも恵まれて収穫はそこそこだったが、戦役時はやはり持ち出しが多くて、借金まではいかなくても、先々考えれば左うちわにはほど遠いだろう。坊ちゃん嬢ちゃん方にかかる金額も、この先は増える一方だろうし。」
レージの面々は訳知り顔で頷きあう。
「今回の『真白き林檎の花の都』からのお客さんも、それを連れてわざわざここに寄ったのも、お嬢さんたちから、ガレシでレージではこんな厚い持て成しをされた、と言いふらしてもらいたいんだろう。」
「特にテダンの奥方にね、」
「テダンというのは、おとなりだったか?」
セリダとは逆側、同じ五侯国の。
「そう。地所の規模は同じくらいで----まあ、ぶっちゃけ奥方さまとは仲がよくない。」
「そりが合わないというヤツだな。」
「セリダの奥様みたいな、穏やかで、はいはい、と聞いてくれないしな。」
「さらに、向こうさんがここ数年なかなか景気が良いらしい。」
「ほぉ、お隣さんは好景気か。新しい産業でも始めたのかい?」
農耕牧畜による収穫的な差は、そうそうはないだろう。
「さあて。このへんは、農業と保養地頼みの、まあのんびりが売りで、領地間の個性なんてあんまりないんだがね。テダンは新しい屋敷を建てたり、派手なパーティを催したり、芸術家とかもたくさん出入りしているらしいよ。後援者ってやつ?」
「実入りいい鉱山でも開発したのかな?」
「温泉の街だから鉱山の開発には、どっちの国でもガレシの許可がいるから、そうなら伝わってくるとおもうんだけれどな。」
つまりよく分からないが、羽振りがいいことは伝わってきて、何となく羨ましい、という感じらしい。
「うちの旦那様もセリダのおうちも、オレノっ子らしい気質で、新しいことより安定が一番で、平和でいいんだけれど、奥様的には、もっと稼げるように目端を聞かせなさい!って感じだね。」
「野心家の旦那様というのはピンとこないけど、まあちょっびっとだけでも頑張ってもらうと、わしらの給金も上がるかね?」
主家に愛着があるからこその言いぶりであろう。
のんびり当主と、栄える隣家と比べて何とかその尻を叩いて発奮させたい(少し見栄っ張りな)その妻、という、特筆することもない構図である。
にこにこ笑いながら世間話に頷いている青年は、いったい何を聞いているのだろう。いや、それは考えすぎで、青年にも無駄時間はある----のだろうか?
両家共に荷物番をしている面子と交替になるタイミングで、青年も席を立った。数に数えられてはいないが、一人居続けるのも目立つから、一緒に街路に出た。一同がカーブしている道の先に見えなくなるタイミングで、逆の方向に歩き出した。騎士も黙って後を追った。
四分の一くらいの円周を、北東門方面に進む。つまりは『遠海』領に入った。
「・・・あの?」
何かお間違いではないですか? と、扉をくぐって店内に足を踏み入れた青年を、店員は場違いなものを見る目で見た。それから、その後ろに立つ騎士に気づいて、若干表情を和らげた。騎士が正客で、従者が扉を開けた、と解釈したらしい。
「騎士様、何をお求めですか?」
「いや、」
何屋なのかも分からない、きらびやかな室内だ。町の店のように商品は陳列するのではなく、客に応じて奥から出してくる、というウワサの店だ。縁がない。
「支店長につないでもらいたい。」
青年が口を開いた。従者風情が、とうっとうしそうにちらり、と視線を送った店員が固まった。青年が差し出しているのは親指ほどの金色の小さな板だ。目を大きく開いて凝視し、お待ちくださいませ、と駆け去った。奥からまろびでるように飛び出してきた支店長?は、手渡されたそれを確認し、大きく息を吸った後は、
「---お返しいたします。」
僅かに指先に震えが残っていたが、平静を取り繕った。
「何をお望みでしょうか?」
「服を一式。広場に出たい。あとは----ちょうど他に客もいないようだから、わたしが戻るまで、臨時休業にしてもらえるかな?」




