14 因の向こう
「次の出航には戻ってきますが、今回は少し長くて、ひと月先なの。」
ひと月、と少女が絶望的な目をしたから、慌てて言を継ぐ。
「配下につなぎをとって、ただちに探させるわ。大丈夫、船は一刻半前に着いたところだから。遠くにはいけないわ。」
「あのひとの行動に、時間とか距離とか、関係あります?」
それは疑わし気に、少女は言った。
「船なんていらないのに…船乗りなんて意味不明だし、」
「乗船中は、まあ、普通に、楽しそうよ? 物覚えが早いって、古参の者も誉めているわ。」
微妙な顔は当然だろう。
死んだことになっている父である。男が生きていれば、少女は実家に留まれたし、彼らも余計な策を巡らせなくて済んだ。
とはいえ、それはまた別の軋轢を生んだに違いないが。
「とにかく、私は一刻でも早く戻らないといけないんです。」
ぎゅっと、掌を握りこんだ。
「エヴィが一緒だったのでしょう? 彼が何とかしていると思うから、あまり気に病まない方がいいわ。」
「一緒だったからです! いつも面倒かけることになって! 」
「あなたの因果じゃなくて、彼がそういう巡り合わせなんじゃないかしら。」
ぽんほん、となだめる様に背を叩いて、レオニーナは気を引き立てる様に微笑んだ。
「せっかく、北の花陸に来たのだから、お迎えがくるまで楽しみましょう? わたくし、いくらでも案内するわ。この時期、かなり特別なことがあるのよ。ふふ、実は幸運な巡り合わせかも知れなくてよ?」
「迷惑をかけたわね。」
レオニーナは執務机に向かっている院長に声をかけた。院長室からは中庭が見渡せる。彼女の視力と能力があれば、大方の状況は把握しているはずだ。
「別宅へお連れになるんですね?」
「ええ。買い物しながら行くわ。ふふ、どの店にしようかしら。」
行軍時も、一緒に買い物に出たことはあったけれど、あの非常時では用事を済ますのが一義だったし、服を選んでも「動きやすい」と「丈夫」と、「調節しやすい」に「目立たない」が基準だったが、せっかくの機会で、しかもここは仙桜。あらゆるものが揃う街だ。女子同士の買い物を満喫したい。
「ラシャ、彼女を訪ねて---そうね、たぶんエヴィ・マアユと名乗ると思うのだけれど、わたくしと同じ年代の男が訪ねてきたら、連絡をお願い。」
「畏まりました。」
「デューンは、直接別宅に来るとは思うけれど…そういえば、あの子、彼からの手紙を持っていたと言ったわね?」
孤児院を援助している、と聞きつけた男が、見学したい、と言い出して、一度だけ連れてきたことがあった。
「はい。レオニーナさまと一緒に、《真珠の家》を訪ねたという近況報告の手紙でした。」
「手紙、出してたなんて、ちょっと吃驚だわ。」
一応、父親の自覚はあったのか。
そして、非常事態に所持していたということは、肌身離さず持っていたということで、口には出さないが、少女はやはり寂しいのだろう。
自分には、とうさまがいるが、少女はひとりだ。彼らは、政治的な事情でどうしても少女により添えない。
これは男をさっさと捕まえて団欒を持たせなくては、と心に決めた。
「…レオニーナさまは、」
鏡の前でさっと髪を整えて、口紅をつけ直した彼女は、鏡ごしの難しい顔に気づいて振り向いた。
「なあに?」
「あの少女の母親になられるおつもりですか?」
「………はい?」
たっぷり数十秒は、言われた言葉を咀嚼した。大真面目に、かつての側近は彼女を見つめている。
「あっという間に馴染んで、」
馴染むは仲良くではなく、一目置かれる、からの、または心酔、傾倒。
そういうタイプだと分かって迎えているから、慌てはしないが。
「技術も申し分がないと聞き及んでいます。」
「ええ、とても器用ね。船に乗って、まだ数年なんて、今や誰も信じないわ。」
規格外、というか、同一に並べるものではない。人は人、彼は彼、だ。
だから、なぜ、自分と彼の名を結び付けようとしているのか、彼女にはまったく理解できない。
「統領にも引き合わせて、海皇の座所にも同行されたと聞いていますし、」
彼を《海皇》に置く以上、総責任者に許可してもらうのが筋で、後者は彼の診断が欲しかったから、だ。
「なにより、お気に召しているから、ずっと同乗させているのではありませんか?」
そう見えていたことに、いま、愕然としている。
「あのような大きなお嬢さんがいたことは吃驚しましたが、仲はよろしそうですし、そうでなくとも、じき嫁がれていくでしょうから、」
「待ちなさい。生さぬ子を邪険に扱う継母みたいに、わたくしを扱わないで…じゃなくて、」
き、と彼女は女院長を睨みつけた。
「わたくしは、結婚する気などありません。」
「然様ですか。」
「その、信じてません、みたいな目はやめなさい!}
自分は適齢期をちょっと過ぎはしたが、この稼業に適齢期を当てはめる方がおかしいし、あの男とくっつくこうという自暴自棄を起す気もない。
「お似合いだと、皆申しております。」
「ありえません!!」
皆とはだれだ。
残念そうな顔の意味が、さっぱり分からないが、たぶん----男が猫を千匹は余裕で被っているせいだろう。
次回はオレノ高原の続きです。




